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本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421

2010年 01月 25日 ( 1 )

京都国立博物館の北側には豊国神社がある、さらにその北には方広寺がある。この寺の鐘が有名な大坂の陣の原因となった文字が刻まれたものだ。「国家安康」「君臣豊楽」の銘文で、家康を真っ二つに、豊臣が繁栄すると因縁をつけたものだ。100円でこの鐘をまじかに見ることができる。京博のあと行ったが、私しかいなかった。この寺を通り東の通りに抜けることが出来るので、抜けようとする人は結構いた。鐘を見る人はいないようだった。

豊国神社の西側には「耳塚」がある。秀吉の朝鮮出兵で朝鮮で集めた耳を供養したものだ。ここにも人はいなかった。朝から雨模様でこのようなものを見る人は少ないのだろう。そのあと北上し、「清水寺」に行った。さすが観光地という感じで、修学旅行の学生で一杯だった。最近の修学旅行は班単位で説明員がいるようだった。丁寧な説明で学生も熱心に聴いていたようだ。清水寺は坂上田村麻呂が建立したもので、清水の舞台の下には征服したときの蝦夷の武将アテルイとモレの碑がある。濡れ手観音が奥の院の裏側にあり、柄杓に水をくみかけると観音様が笑ったように見える。学生が見える、見えると騒いでいたが、わたしには笑いかけてくれなかった。心が素直ではないからだろうか?

清水寺の見学を終え、西に向かって下った。売店が賑やかだ。八橋の生地で作ったというシュークリームを売っていたが、八橋の味がするのだろうか。三年坂を降り、二年坂を抜け、「ねね」ゆかりの高台寺に出た。ここまでいくつか食堂があるが、結構な値段だった。観光地の食事は「高くてまずい」が定番だ。湯豆腐も2000円ほどだった。なぜかコンビニがないのは観光地だからか。

さらに東に歩くと、八坂神社にいたる。ここまで4キロくらい歩いたことになるのだろうか。東山地区の寺をめぐると歩くことになってしまう。八坂神社の主祭神は素戔嗚尊、これでは誰か分からないので和語で書くと「すさのおのみこと」とされ、この神は疫病退散の神とされたので平安時代に社会不安が高まると祇園信仰となっていく。876年に疫病が流行したので神泉苑で御霊会をおこない、これが祇園祭の起源であるといわれているのだ。
by qzr02421 | 2010-01-25 14:48 | 旅行