本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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偽善という行為は存在しない

 偽善者とはどのような人のことをいうのか。偽善という言葉から連想される言葉は、いかさま(いかにも本当らしいが、うそ。感じでは如何様と書く)、えせ(まやかしのもの、感じが似非)、えそらごと(現実にありえないこと、絵空事)、替え玉、仮構(ないことを仮にあるとする)、偽悪(わざと悪人ぶること)、偽善(うわべだけ善のように見せかけること)、虚偽(うそ)、作為(意図をもって手を加えること)、偽物(本物に似せて作った物)などたくさんある。

 英語ではフェイク(にせの)、フィクション(虚構)、イミテーション(偽物)などがある。「やい、偽善者!」、「君は偽善者だね!」と言われたとき、どのように感じるのだろうか。君は「にせもの」ではないかと言われているように感じのだろうか。

 「にせもの」、本当は悪い人間だが、うわべだけ取り繕っていると言われているのだ。しかし取り繕っていない人間などないはずだ。はずだが、他人の心の中は分からない。自分だけが、偽善行為をしていると思ってしまうのだろう。これだけ偽善者テストが流行るということは、世の中の人すべてが偽善者なのだろう。

 内心の自由があるのだから、外面が善であれば、心は悪でも、表面的には善である。そして、その善の行為をする人を善人と呼ぶのだ。だから偽善という行為は存在しない。行為が存在しないのなら、その現象は存在しないということになる。

 自分の心がしっかり分かっているかというと、自分のこころも実はよく分かってはいないのだ。その自分でも分からない心に対して、偽善といわれることに人は耐えることができないのだろう。自分でも分からない心が他人に分かるわけがない。行為だけで善悪を判断すればよいのだ。

 偽善者テストではイエス、釈迦、マホメット、孔子、老子そして親鸞も偽善者になってしまうだろう。外面の行為だけで判断してほしいものだ。
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by qzr02421 | 2008-03-23 11:52 | 評論