本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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円的思考と線的思考

日本語は論理的ではないという意見がある。一方では論理的でという意見もある。二つの意見が対立している。本多勝一は日本語は論理的だ、論理つまり文法がなり言語はない。しかしそれを使用している日本人が論理的でないということだと書いている。欧米人は論理的で日本人は論理的ではないということだ。論理的とはどういうことか。論理といえば三段論法のようなものだろか。

松本道弘は欧米人の思考方法は直線的で、それに対して日本人の思考方法は点的もしくは円的だと書いている。三段論法は確かに直線的だろう。欧米人の論理は、「主張」があり、さらにその「主張」を裏付ける「データ」があり、さらに「主張」と「データ」を「論拠」によって守るというものだ。「主張」→「データ」→「論拠」という直線だ。

日本人は傘連判状ではないが、日本人の論理はある主張に対して、その主張の回りにデータと論拠が浮遊しているようのものだろう。日本人の間であれば、「ま~そ」のようなものだろうと分かってもらえるのだろうが、直線的な論理に慣れている西欧人は理解不可能な論理なのだろう。相手が自分と同じ思考をしていると思ってしまうところに問題はあるのだろうが、その思ってしまう罠から抜け出すことが難しいことだ。

学校はヨーロッパ式の論理を教えることが中心だ。それに対して社会、つまり世間は日本式の論理で展開されているように思う。このギャップが面白いのだろうが、その面白さは、その違いをいつも意識していないと、分からないような気がする。円的な論理というものの具体例が思いつかないのが残念だ。円的な論理は文章にし難いということだろう、それはこのような文章が直線的だからだと思う。
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by qzr02421 | 2010-04-03 17:18 |