本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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人生は必然か偶然か

風が強く、寒い。春分に日が終わったのに春が来ないようだ。春一番も吹いていないとのこと。地球温暖化といいながら、今年の冬は寒かった。温暖化するのかとの疑問には、温暖化しているから異常気象なのだという説明となる。温暖化の原因は産業革命以来の化石燃料を燃やしたことだそうだ。ナポレオンがロシア遠征したころには小氷期が来たとも言われている。二酸化炭素増加が勝つのか、小氷期が勝つのかという疑問さえ持つ。

地球上に人間がいるから、問題が起こるとしか思えない。地球温暖化で一番困るのは人間なのだ。問題を起こしている人間が困っているとすれば、それは今流行の言葉である、自己責任ということに過ぎないような気もする。マスコミも政府も本当のことを言っていないような気もする。あるいあ本当のことは本当の分かっていないということかもしれない。

笹沢佐保は人生は必然だといっている。偶然に見えるが、それはそのような人生を歩むことを決められているのだということだ。彼は21歳のとき心中しようとしたという。しかし助かってしまった。助かったあと東京の帰る電車が、人を轢いたそうだ。轢かれた人は、一生懸命生きるため、電車に駆け込んで乗ろうとして、プラットホームから落ちて電車に轢かれて死んだのだ。彼は死のうとした人、つまり自分が生き延びて、生きようとした人、つまり轢かれた人がいる。人生は運命に操られているのだと思うようなったという。彼は小説家になるにあたって、交通事故が原因という。交通事故に遭遇し、暇な時間が与えられたので小説を書くことができたという。

運命があるのかないのかは分からないが、人が生きるときに偶然とはいえないものによって導かれているということがあるのかもしれない。自分が真剣に生きようとすれば、おのずと道は開けてくるような気がする。疑問があり、その疑問を持ち続けていれば、その疑問が解決するときがあるはずだ。疑問を持っていなければ、その疑問が解決されるときはないのだ。宝くじを買わなければあたらないということと同じことだ。
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by qzr02421 | 2012-03-21 20:43 | 日常

「歌わせたい男たち」

卒業式のシーズンも終わりに近づいてきた。以前から日の丸・君が代の問題があったが、大阪の橋下市長の動きでまたまたクローズアップしているようだ。内心の自由をどのようにとらえるべきかという問題でもある。内心の自由は、言論の自由でもある。言論の自由は心が外のあらわれるわけだから、行動の自由があるということでもある。心で何を考えていても外の出なければよいという考えは明治憲法の考えだ。君が代を歌わない自由があるというのが現憲法の精神だとおもうのだが、そのようの思わないのも、それは自由ということでもあるのだろう。

今年のシアターアーツの劇は「歌わせたい男たち」というもので、歌わせたいのはもちろん君が代、つまり国歌のことだ。卒業式当日、ピアノを弾くべき音楽講師がめまいを感じ、国歌の演奏ができないかもという事態になる。なんとか伴奏をさせたい校長、それを支持する英語教師である片桐、三年の担任なのだが国歌を歌わないし、起立もしないこと決意している社会科の教師である拝島、何を考えているか分からない養護教諭が登場人物だ。

英語教師の片桐は台本では男性なのだが、シアターアーツは片桐を女性としている。台本が男性なのだが、これを女性が演じるというのは楽しみなものだ。3月30日から4月1日までの3日間、ひまわりホールでやっている。これより前にむすび座が同じ劇をおこなうようだ。君が代を歌うことを教育委員会の強制された校長の苦悩をむすび座は描きたいということだ。シアターアーツは、校長のなったからにはそのような苦悩がないという描き方のようだ。

第二次世界大戦の問題が重くのしかかる問題だ。戦争責任と国歌・国旗の問題、愛国心と戦争の問題、いろいろ考えさせられることだ。国歌を歌ったからといってすぐ戦争になるわけではないのだろうが、国歌と戦争を結びつけるという考え方もある。愛国心と思想信条の自由とどちらが優先するものなのかという問題でもある。歴史的には思想信条の自由を優先するのだろうが、そのように考えない人の思想信条の自由もあるということも憲法は保障しているのだ。とても難しい問題なのだ。

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by qzr02421 | 2012-03-20 20:00 | 劇,映画その他
漱石は日本の作家と言えるのかという問がある。漱石は漢文と英語が堪能だったという。もちろん日本語で小説は書いているのだが、中国語で、つまり漢文で詩を書き、英語で文章を書いていたのだ。明治時代はまだ日本という国が成立したばかりだった。その当時の人々の日本人意識はどのようなものだったのだろうか。それにしても漱石は日本人の作家ということには間違いがなさそうだ。現代において、アメリカ人や韓国人が日本語で小説を書いたら、その人は日本人作家といえるのかという問題がある。

また、世界と日本の関係も問題となる。世界の中に日本が入っていないのだ。世界文学全集の中には日本人作家は登場しないのだ。日本人は世界の中で変わった存在であるということをアピールしたいのだろうか。日本と世界とはどっちが偉いのかという問も存在する。日本人の意識の中に、日本の方が偉いし、世界は日本とは違って異質な存在だという認識があるのかもしれない。日本文学全集に外国文学が入っていないのは当然のことなのだろうか。日本と世界を分けることにどれだけの意味があるのかといういことでもある。

日本に暮していると日本独特の文化を理解することが難しくなる。日本独特の状況として、講演や映画や演劇の開始時間以外に終了時間を気にするということがあるということだ。「これはいつ終わるのですか」という問いを日本人はもっているということだ。講演・映画・演劇の終了時間を気にするのは日本人だけだということだ。小説を読んでいるときに、その小説の終わり時間を気にすることはないはずだ。楽しい時間ならもっと続いて欲しいと思うのが普通だろう。それにも関わらず、物事の終わりの時間を気にするということはどういうことなのだろうか。

日本とは何だろうか、日本はいつできたのかという疑問がある。江戸時代の人は日本人感覚を持っていたのか。江戸幕府は日本政府と言ってよいのか。国民国家というものが成立したのが近代なのだ。前近代に日本という概念を当てはめることはできないはずだ。日本人の性格といいながら、鎌倉時代を例にしたら、やはりおかしいことなのだろうか。日本文化は明治以降成立したとすれば、天平文化や国風文化というのはどのような性格を持つのだ。日本という問題は奥が深い問題だということなのだろう。
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by qzr02421 | 2012-03-17 20:32 | 日常

自然にはかなわない

3月に入り暖かい日と寒い日が交互に訪れるようになった。いわゆる三寒四温という季節だ。今年の冬は寒かったらしく、雪も多いようだ。上越市の雪崩というか雪と土砂といえばよいのか、大変な状況だ。雪と泥の塊が押しよせてくるという状況だ。自然に比べれば人間ができることはたいしたことがないということに気づく。上越市の場合は土の壁を作ろうとしているようだが、上手くいくことを祈るしかない。

日本は自然災害が多い列島のようだ。地震も多いし雨も多い。このような自然状況が厳しいところとそうでないところでは歴史も変わるはずだ。イタリアは雨が少ないはずだ、地中海性の気候だからだが、そのイタリアの車を日本に輸入しても、雨が多い日本では上手く適応できないのは当然だろう。雨が少ないとすれば車が雨対策をしているわけがない。そのようなイタリアの車を日本のような雨が多いところで走らせれば、きっと雨漏りするに違いない。

自然をあまり重要視しない傾向が学問にはある。歴史でも自然状況を加味するということを歴史学者は嫌う傾向がある。人間の努力で自然を克服できるという思いがあるようだ。それはヨーロッパのような自然がやさしいところで育った歴史学なのだろう。日本のような自然が厳しいところでは適用できる考えではないはずだ。日本は地震や水害が多いのだ。そのことを考えない歴史では意味がないと思う。

日本において成長している時代は自然災害が少ない時代なのだろう。高度成長期には災害が少なかった、もしくは自然を克服できるような状況の時代だったのだ。昨年の3・11以降は自然を考慮しないといけない時代の入ったような気がする。近代文明は地震であっという間に崩壊するはずだ。崩壊する時代の入ったということかもしれない。富士山も噴火も心配されている。自然に人間は勝つことができないというのが日本人の素直な感情なのだろう。それが無常観ということなのだ。
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by qzr02421 | 2012-03-16 18:54 | 日常

事典の時代は終わるのだ

本は思い切って捨てるか、あるいはブックオフのようなところに売るかしないと片付かない。本ではあるが、辞書とか事典というものもある。これはほとんど売れないので捨てるしかないようだ。平凡社とブリタニカの百科事典がある。平凡社は古本屋で購入したものだ。ブリタニカは妻が結婚したときに持参したものだ。どちらも愛着がある。どちらにもずいぶん世話になった。捨てるのには抵抗がある。

このほか人名事典シリーズ、世界の歴史シリーズ、日本の歴史シリーズなどもある。私自身の基本図書でもある。商売の種ということだ。歴史が書きかえられるので、古い歴史の本は役立たないと思いがちだが、その時代の歴史認識を知るためには大切な資料なのだ。どのように歴史記述が変化したのかを知ることが大切なことだ。高校で教わる歴史だけが歴史ではないのだ。

ブリタニカが本としての出版をやめるというニュースがあった。老舗のブリタニカも紙の本から撤退をするのだ。電子辞書かネットで対応するとのことだ。本の時代が終わりつつあるということか。グーテンベルクの活版印刷術の改良から500年、印刷からネットの時代へという変化を感じる。新聞発行という時代もきっと終了するのだろう。

私は古い世代なので、辞書や事典を広げて、物事を調べるのが好きだ。電子辞書だと知らべたものを広げておくことができない。どんどん画面が変化していってしまう。ネットも同様だ。辞書を何冊か広げて、思考を展開することが楽しいことなのだ。そこのインスピレーションが生まれるということだ。しかしそういう世代もこれからは消滅していくことだろう。
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by qzr02421 | 2012-03-15 20:35 | 日常

京都はおくが深い

新島襄記念館を北に行くと「京都市歴史資料館」がある。御所の寺町御門を出たところにある。この資料館は無料で、京都の歴史に関する資料の保存と展示をしているところだ。京都の歴史の相談や図書の閲覧もできるらしいが、ここに行ったのが土曜日だったので相談や閲覧はできなかった。相談とは何を相談するのだろうかなどと考えた。きっと京都の旧家が土蔵から出てきた古文書について、それがどのようなものかを聞くということなのだろうか。

地味な資料館だが、歴史の興味があるのなら面白いところだと思う。3月はテーマ展として「京都の町式目」を展示していた。江戸時代の京都、京都という名前が実は変わっている、京はみやこという意味だし、都もみやこという意味だ。京都というのはみやこみやこという意味でしかないのだ。東京という地名も変わっている、東のみやこという意味なのだ。それにひきかえ名古屋は実の個性がある名前ということになる。

江戸時代の京都の町では町独自の規範つまり規則を決めていた。これを「町定」「町法」「町式目」とよんでいる。結構面白いことを決めているので最近は、この町式目を利用して議論をすることがあるそうだ。たとえば「家を売るときには武士と芸人には売ってはいけない」とある。武士というのは牢人というような意味ということだ。無職の人のには家を売ってはいけないということのようだ。京都の町屋は結構お金を持っていたということでもある。売っていけない部類として「騒音を発生する、不潔である」というような職種もだめとある。

他町の人が町内の家屋敷を買うときには必ずその町内の家持を保証人とする、家を買ったときにはその町へ一種の手数料を納入すべし、火事のときにはみんなで消すこと、理由があって火事を消すということの参加できないときにはお金を払うことなど、当時の京都の町が独立して存在して、権力に対峙していたことが分かるのだ。本当に地味だが面白い資料館だった。
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by qzr02421 | 2012-03-14 19:01 | 劇,映画その他
本の整理をしていると本を買うのをためらうようになる。本は一冊は軽いが、10冊を超えるとずいぶん重いものだ。毎月第二火曜日は廃品回収の日になっている。火曜日は7時20分ごろに家を出るので、なかなか本を出すことができない。また本を捨てるのに抵抗もある。ブックオフに引き取ってもらるという手段もある。倉庫の古い本があった、ずいぶん埃まみれなので、思い切って捨てることにした。

台車に本を積んで廃品回収の指定場所まで持っていた。本の題名をながめると、本を読んだときのことを思い出すものだ。イザヤベンダサンの本があった。かつては一世を風靡した本だ。歴史の本や、心理学の本、妻が読んだと思われる絵本もあった。絵本は・・・と思ったが、汚れているので妻も捨てることに同意したが、残念そうだった。気持ちはよく分かる。汚れているということ理由にしないと捨てることができない。

本を捨てていると、買ったときも思い出す。本を買うとき、かつてはブックカバーをつけて、さらに袋の入れてもらっていた。ブックカバー(紙製)の本の題名を記入していた。ブックカバーがついている本は大学生時代から30代までに買ったものだ。それ以後はブックカバーを断るようになったので、そのままのものとなる。ブックカバーをつけますかと聞かれて63パーセントの人はつけてもらうそうだ。30パーセントは断るとのことだ。ブックカバーをつける人が多いのにびっくりした。

電車でも読んでいる本の題名を見られたくないのかブックカバーをつけている人が多いようにも思う。本の題名を見られると、頭の中を見られるような気がするのだろうか。私は全然気にならないのだ。書棚を見るとその人の頭をみるような気がするという意見もあるが、それほどのことでもないような気がする。私の書棚はほとんど社会科の本ばかりだ。職業がらそんなものだ。書棚の上か政治経済、世界史が三段、日本史が並んでいる。その横の書棚は辞書・事典と今までの講義のノートが並んでいる。その横は文庫と新書が並んでいる。この本も片付けようと思っている今日この頃なのだ。
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by qzr02421 | 2012-03-13 15:45 | 日常

新島襄記念館に行った

「キンシ正宗堀野記念館」を北に上がるとそこは京都御所だ。御所のぶつかったあと東に行き、御所沿いに北に上ると、そこには新島旧邸宅がある。新島とは新島襄のことだ。新島旧邸宅とは同志社の創立者である新島襄とその妻八重の私邸のことだ。調度と家具類を含めて京都から有形文化財に指定されている。この旧邸宅は公開日が限られているので、無料なのだが見ることができないことが多い。

1、2、8、12月以外の月の水、土、日に開館している。土日は開館しているのだから、容易に見ることができるような気がするのだが、8月は開館していないから見ることができないということもある。旧邸宅といっても、最初は同志社栄学校として使われていたので、学校らしい雰囲気もある。学校はのちに旧薩摩藩邸に移ることになり、新島襄は自宅としたのだ。

外観がコロニアル様式なのだが、壁は真壁作りであり、和洋折衷といいながら、和を重視しているような感じを受ける。実際に見学するとわかるのが、セントラルヒーティングとなっている。床も少し高くなっている。これは夏は涼しく冬は暖かくという工夫ということなのだ。入るとすぐに応接間がある、土間がないのが特徴となっている。

全ては洋風というのではなく、窓の上の障子欄間、部屋の間仕切りのふすま、箱階段などもある、洋風と和風が混在している。トイレは見ることができないのだが、パンフのよると洋式なのだそうだ。明治初期の洋式トイレというのはすごいと思う。台所は普通は土間なのだが、床板をいっぱいに張り、その上に流しを置いている、しかも井戸も室内にあるのだ。現在の台所と同じというもとで、新島襄の妻八重に対する愛情を感じる。気持ちがよい台所をつくるのは妻への愛情なのだと思う。
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by qzr02421 | 2012-03-09 19:39 | 旅行

利き酒はよいものだ

京都の小さいミュージアム、マンガミュージアムから歩いて10分ほどのところにあるのが「キンシ正宗堀野記念館」だ。京都の酒といえば伏見だが、御所の南のところにあるのがキンシ正宗だ。かつてはここの造り酒屋があったのだ。もちろん明治に入ると御所の住人がいなくなることもある、酒の中心は伏見に移っていくが、この地に屋敷と酒造りお道具類を置いていったのだ。

京町屋としても見る価値がある。切子格子、むしこ窓など町屋らしさをよくあらわしている。座敷に入ると、これといって価値が高いとも思えないたたずまいなのだが、よくみると使われている木材が高そうなのだ。木目がしっかりした板を使っている。一見するとどうということがないのだが、実が高価なものを使っているのが京の金持ちのあり方のようだ。

窓ガラスも機械で作ったものではない、貴重なガラスを使っている。機械で作っていないので、ガラス越しの景色がゆがんで見える。現在ではもう作られないようなガラスだ。このようなガラスは京町屋に行くとよく出会う。二階の上がるとさらに上級の客を通した部屋がある。ここも使われている材が高価なのだそうだ。高価といわれるのでそうかなと思うくらいで、実際のところはよく分からない。

キンシ正宗は天明元年創業、西暦にすると1781年にあたる。酒造りに一番大切なものはおいしい水なのだが、この地からは今でも名水「桃の井」が湧き出ている。この「桃の井」は同じく京の名水である「染めの井」と同じ水脈なのだそうだ。今でも毎時3トンの水量で、夏は冷たく冬は暖かい水が湧き出ている。実際飲んでみが、どことなく甘く暖かかった。美味しい酒が出来る予感がする水だった。見学の最後にはお酒の味見もできる。ここではビールも造っているようで、ビールの試飲もできるのがまたよいものだ。
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by qzr02421 | 2012-03-08 20:20 | 旅行

マンガもよいものだ

京都にはユニークなミュージアムがたくさんある。2006年に開館した「京都国際マンガミュージアム」もそのひとつだ。図書館機能と博物館機能の両方を持っている。実際行ってみると漫画喫茶の巨大版といった感じもするのだが、1950年代からの漫画がそろっているのは博物館という感じもする。入館料が800円というのは高いのか安いのか。漫画好きには安く、漫画に関心がない人には高いと感じられるだろう。

所蔵するマンガ資料は30万点、「りぼん」などの雑誌が飾られている。これらの雑誌は見るだけで、読むことができない。棚の上の方の飾られている姿は壮観だ。実際読むことが出来る漫画は5万冊ということだった。この建物は小学校の校舎を改修しているので、広い部屋一杯に開架式の書棚にマンガが並んでいるのも壮観だった。椅子が用意されていて、そこでマンガを持ち出して読むというシステムだ。元小学校だから、当然校庭もある、芝生になっていて、ここで寝転んでマンガを読んでもよいようだった。

場所は地下鉄烏丸御池から北へ1分ほどのところだ。11時開館で17時閉館だ。800円の入館料を払うとこの建物で入り自由となる。お昼を食べに外出することも可能だ。館内にレストランもあるのでそこで食べてもよいのだが、私は近くで牛丼を食べた。近くの素敵なレストランで食事を楽しみ、一日マンガを読むというのも悪くないと思う。

二階に上がってマンガをながめていたら懐かしいマンガを見つけた。『赤胴鈴之助』だ。思わず手にとって読みふけってしまった。次には『少年ジェッター』を読んだ。あっという間の一時間、二時間が過ぎていく。下の階では『プレイボール』を読んだ。『キャプテン』は見あたらかった。5万冊あるので、懐かしいものから最近のものまであるのだろう。11時に行ったときにはそれほど人がいなかったが、3時前に行ったら座る椅子を探すのが大変なほどの人だった。日本人のマンガ好きがよく分かった。マンガが好きなら、ぜひ京都に行ったときには寄るとよいと思う。
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by qzr02421 | 2012-03-07 15:55 | 旅行