本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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すぐ忘れてしまうのだ

人の話は聞いた瞬間に半分が消えるそうだ。確かに一生懸命聞いていてもほとんど記憶に残らないものだ。聞いた瞬間半分消えるのだが、それは一生懸命聞いていてもさらに半分しか残らないらしい。集中していなければほとんど記憶に残らないということでもある。岡本太郎は聞いた話を自分のものとしないとその話を利用しなかったそうだ。聞いて自分のものとしたものは自分の説として人の話のだそうだ。だから岡本太郎は引用というような話し方をしなかったのだ。人から聞いた話を自分のものにしてから話したということだ。

集中していても、その集中が途切れほかごとを考えることがあるそうで、更に半分になり、その半分のなかで理解できるのが半分ということだ。理解できたものもさらに半分しか記憶には残らないという。つまり人の話を聞いて記憶の残るのは36分の1ということになる。新聞を読んだりテレビを見たりしても、その内容の36分の1程度しか記憶に残っていないということだ。

36分の1しか記憶の残らないと考えるのか、36分の1も記憶の残ると考えるのかという問題もある。あるいは記憶の残った36分に1とはどのような内容か、どのようにしたら記憶の残るのかという問題もある。おそらく自分が疑問として持っていたものや自分の考えを補強するような内容は記憶されるのではないだろうか。記憶を保つには何回もその内容の触れる必要があることはわかっているのだが、興味がある内容が記憶されると思う。問いを持つことと世の中に興味を持つことが記憶力強化につながることなのだ。

昔のことは結構覚えているがのだが、最近のことは記憶に残らないのが年をとるということだ。覚えたいことはメモするしかないのだろう。「博士が愛した数式」という小説がある。90分しか記憶が持たない数学者の話だ。その博士は記憶をとどめるために自分の服のメモを貼り付けている。究極的の記憶を保持するためにはメモを自分の体に貼り付ける方法しかないということなのだ。
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by qzr02421 | 2011-12-30 20:09 | 日常
今年は年賀状の作成をするという気持ちがなかなか起きなかった。年賀状は買ったのだが、どのようなイラストにすればよいのかという決断ができなかった。最近はメールで済ませる人も増えたそうだが、一方では手紙やハガキも重要性も指摘されている。年始の挨拶という年賀状というスタイルの捨てがたい風習だと思う。

今年も終わろうとしている。年賀状の作成も押し詰まってきた。クリスマスまでには何とかしようと思っていたが、そのクリスマスを過ぎてしまった。クリスマスは寒波で名古屋も8センチの積雪があった。雪を見ていたら、年賀状を作る意欲がなくなってしまった。雪のときは雪を眺めるのが一番だ。ということで、雪のなか散歩などして、年賀状まで力が回らなかった。

しかし、年賀状を作るという意欲だけはあったので、今年最後の週にはやっとのことで年賀状を作成して、発送することができた。困ったときの友がパソコンだ。入力すれば、出力してくれるのだ。使うことが出来ると便利なのがパソコンだ。このような時代がくるとは誰が予想しただろうか。

世のなかのことは、予想がつく問題、つまり予想がつかない問題もあるといことだが、また分からない問題もある。分からないことが分からないのだ、分からないことはペンディングしておくことが大切なのだ。予想つくもことと分からない問題はそれでよいのだが、もうひとつが問題なのだ、それが予想が裏切る問題の存在だ。予想外ではなく、人間の予想を超えた問題が存在するということだ。このあたりを良く考えると、今の時代が理解できるような気がする。
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by qzr02421 | 2011-12-28 19:35 | 日常
名古屋市博物館で「世界遺産ベネチア展」を開催している。水の都ベネチアは日本人には親近感のある地域だ。花の都フィレンツェも人気があるのだろうが、ベネチアの捨てがたい人気だ。湿地帯に杭を打って町を作るというすごいことをして出来た都市というところがすごいところだ。電車が開通するまでは交通手段が船だけだったということも素晴らしい事だ。

18世紀末には寒冷化でベネチア周辺の海が凍って、船が使えずに孤立したという記録あるそうだ。この寒冷化がフランス革命をおこした原因かもしれない。食物がとれないと、暴動も起きるだろう。19世紀には国民国家が成立するのだが、その前には小氷期があり、混乱があったので、次の時代を生まれたのだ。混乱のあとに新たな世界が生まれるということでもある。現代もアメリカ中心の時代から次の時代への転換期かもしれないと思う。

ベネチア展だが、ベネチアは6世紀ごろから発達し始め、フランク王国とビザンツ帝国の間で商業国家とした繁栄をし、国王の存在がなく、貴族政治を展開をしたのだ。その貴族を中心とした素晴らしい文化が花開いたのだ。ベネチアでの世界は狭いので、町を歩くと知り合いばかりだったので、マントと仮装が流行ったとのことだ。他人に知られづに活動したいこということだろう。

ルネッサンス時代の絵画の展示もあり、この時代やこの地域の関心のある人は必見の展示だろ言うとは思う。年末のこの展示を見に行ったが、平日ということもあり、ゆったりと見ることができた。素晴らしい絵画などがあったので、是非ベネチアに関心がある人が見るべきだろうと思う。3月4日まで開催しているので、まだまだチャンスはあるということだ。ベニチアンガラスの展示もなかなかのものだった。世界で始めてという展示もあった。素晴らしいものだった。
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by qzr02421 | 2011-12-27 21:32 | 劇,映画その他
第三舞台の「深呼吸する惑星」を大阪で見た。封印を解いて最後の公演というものだ。中年の男女という客層だ。第三舞台をとともに青春を歩んだ人たちだろう。芝居は第三舞台らしいテンポとギャグのあるものだった。久しぶりに芝居を見たという気持ちになった。妻はセリフの聞きにくいところがあったらしいが、迫力で感動をしたようだ。芝居はテンポということを教えてくれる劇だった。

この劇で、ブログなどを持っている人が死んだら、そのブログはどうなるのかという問から始まる。そのブログを持っている人が死んでも、当然そのブログは更新をされずに残っていることだろう。更新が止まってしまったら、削除される場合もあるかもしらないが、多くの場合は持ち主の死を知らずにそのブログはネット上に残っているだろうし、そのブログを読んだ人の記憶にも残っているのだろう。

人の記憶というものはどのようなものなのだろうか、人が生きていくということはどういうことだろうかという問の答えをこの劇を示そうとしているのだろか、あるいは人の人生というのは記憶というものの中に漂っているということを言いたいのだろうか。この劇の舞台の惑星では、過去の思い出したくない記憶がリアルに思い出し、そのために自殺者が出るという設定だ。

過去の人生の中で消してしまいたい過去を持っていて、その過去はリアルに見ることができるのだ。それは結構地獄を見るということだろうか。案外懐かしいものなのだろうか。懐かしく感じないから自殺する人が存在するのだろが、自殺を考えるような過去などというものがあるのだろうか。ある人にはあるのだろう。過去というものはかえってこないから懐かしむことができるのだろう。
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by qzr02421 | 2011-12-26 19:01 | 劇,映画その他

今年も終わるのだ

今年もいよいよ終わりとなるのだが、来年もまた続いているのだろうが、一年の締めくくりという感じがする。今年最後になっていろいろな人に訃報がある。一番びっくりしたのが立川談志の死だった。談志の落語は好きだったので、それなりの哀愁を感じる。芝浜などは夫婦の情感があり素晴らしいものだった。談志の師匠でもある子さん師匠は「客席がざわざわしてると、独り言みたい語り始め、客を集中させていった」といわれ、談志は「俺の話しを聞きたくないやつは帰れと怒鳴った」そうだ。

どちらがよいいのかは分からないが、そういう芸風だったということだ。できれば子さんのような芸風になりたいものだ。芸風といえば、ゆっくり語り笑いを得る子さんと皮肉というかアイロニーというか、そういう芸風の談志とのちがいも面白い。これも子さんのようになりたいとは思う。なりたいと思うということはゆっくり話すことができないということでもあるのだが・・・

北朝鮮の指導者の死もびっくりしたニュースでもある。他殺説やもっと早く死んでいたなどの情報もあり、北朝鮮ならではの分からないことが多い死去報道だった。日本の官邸の対応が遅いというニュース報道があるが、歴史的にはこれといった落ち度があるとは思えない。ヒトラーの戦争だって、英仏の指導者は予想していたわけではないのだ。想定外ということなのだ。官邸の対応が遅いというニュースを指導している存在があるということだろう。
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by qzr02421 | 2011-12-21 19:28 | 日常

一致団結が必要なときだ

今年も終わろうとしている。3・11以来、日本全体が随分変わった印象を受けるのだが、自分の生活はそれほど変わったことがない。被害のあった人たちはまだまだ大変だろう。災害以前でも東北地方は仕事がそれほどあったわけではないので、災害以後も大変な状況には代わりがないのだろう。大変な事態にもっと大変が加わったということだ。

今年一年、絆ということばがキーワードになっている。人が一人で生きているわけではない。社会を形成して生きているのだ、それは人と人が助けあって生きているということなのだが、そのことを忘れていたということなのだろう。情けは人のためならずという言葉が誤解される時代なのだ。情けをかけるという行為はいずれ自分に戻っているということなのだ。情けをかけると、その情けをかけた人がダメになると思っている人が多いそうだ。

来年はどのような年になるのだろうか。北朝鮮の指導者がなくなって、政府の危機管理が問われている。急になくなったのだろうから、弔意をあらわす事が大切なことなのではないのか、危機かもしれないが、北朝鮮も儒教の国だそうだから、人の死に対して、それなりの弔意を示すことが、今の日本にとって重要なことだと思う。弔意を示してから、次のことがあるはずだ。

自民党がいろいろなことで民主党を攻撃する姿勢は、実のみっともないと思う。今までの政権政党だったのだから、民主党に力を貸すという行動はとれないものか。国難というなら、自民党をはじめとした政党は、民主党と一致団結して、国難に立ち向かった欲しいものだ。党利党略で動くときではないということが、どうして分からないのだろうか。大正時代の再来のような感じがする。歴史をもっと学ぶことが必要だということだ。
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by qzr02421 | 2011-12-20 20:06 | 日常

文化は100年で終わるのか

来年度早々に名古屋駅の西にあるゴールドとシルバーという映画館がなくなるというニュースがあった。映画を見るという文化が崩壊しつつあるのだろう。一つの文化の寿命が100年だとすると、映画の寿命もおわりを迎えているのだ。歌舞伎や能・狂言も寿命がないのに、文化という形で保存しているということなのだ。文化というのは人間の活動の尻尾みたいなもので、もうすぐなくなるものを文化というのだ。

自分自身で最初に見た映画、覚えているものとしては、「ゴジラ」だ。それ以前にも子ども会などで見たとは思うが、自分の意志で見に行った映画はこの「ゴジラ」なのだ。今はない鈴蘭劇場という映画館に、母親におにぎりをつくってもらって、見に行った覚えがある。当時は二本立てが多かったので、もう一本見たのだろうが、それは覚えてはいない。

最近の映画館は一本立てで、総入れ替え制なので、同じ映画を二度見ることができない、10年以上前は、一度映画館に入ったらいつまででもいることができた。その当時は同じ映画を最低でも2回は見たものだ。一回目ではストーリーしか分からない。洋画だったら字幕を見るのが精一杯なのだ。細かい部分を見ることができないのだ。

というわけでストーリーを理解して、二回目と見たものだ。そうすると、腕時計の種類、壁にかかっている絵画、どのような家具なのかなど、細かいところが分かるのだ。それも結構楽しいことだった。最近、映画館が閉館されていくのは実に寂しいものだ。自分の知っているものがなくなっていくのが人生というものなのだろう。
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by qzr02421 | 2011-12-19 18:56 | 日常

地震と無思想

本日1時過ぎの地震があった、ちょうどカルチャースクールで日本の外交について話し始めたところだった。立って話していると地震は気がつかないものだ。受講生が、地震だといってざわざわした。大人も子どもも地震には敏感なようだ。3・11の震災以降、演劇を見に行くと、震度2までは芝居を続け、震度3以上になると芝居を中断するかもしれませんというアナウンスを聞くことがある。

今日の地震は震度4ということだから、芝居が中断するだろう震度なのだ。ビルなどは地震があっても倒壊することは少ないはずだから、座っているということが大切なことだ。カルチャーセンターが入っているビルには防災センターがあり、地震発生後、すぐにアナウンスがあった。落ち着いて行動するようにというアナウンスがあり、ついで甲信越が震源というアナウンスがあり、最後のこのビルには被害がありませんでしたというアナウンスがあった。

ということで、今回の講座も順調の話しをすることができたのだが、このような授業や講座で地震に遭遇することは珍しいことなのだ。カルチャースクールでははじめての経験だった。今回の話が日本の外交は無思想だといテーマだったので、いろいろ地震が来たらどうしようと考えるより、地震が来たとき、そのときに判断するのが無思想なのでしょうなどと思った。

今年は想定外ということばが流行した。いくら想定していても、想定しないことが起こるものだ。準備はしたほうがよいのだろうが、その時の状況で対応するということが大切なことなのだ。無思想は劣った考えだとおもいがちだが、思想を持った国に方が、混乱を招きやすいのだ。日本人は無思想だからこそ、ダーウィンの進化論も問題なく受け入れることができたのだ。アメリカなどは教条主義だから、進化論を受け入れるためにはそれなりの時間が必要となった。無思想というのが日本を理解するキーワードになるはずだ。
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by qzr02421 | 2011-12-14 20:40 | 日常

車椅子で雨は大変だった

車椅子でのディズニーランドを楽しんだのだが、これは雨が降っていないということと、暖かいということで楽しむことができたのだ。次の日はディズニーシーに行くことにしたのだが、天気予報は午後から雨ということだった。最初のアトラクションはゴンドラにした。車椅子からゴンドラまでの段差は結構大変だったが、それなりにクリアーすることが出来た。ゴンドラに乗ってしまえば楽しむことができる。

海底二万マイルやアラジンなどのアトラクションは車椅子でも十分楽しむことができた。新しくできた亀と話しをするというものは楽しむことが出来た。雨が降ると車椅子が大変だ。車椅子で座っているのも寒いようだ。自分の足で歩くのも大変だろうが、自分の足で歩くことが出来ることが幸せだということがよく分かる。いくつかのアトラクションを車椅子で体験したのだが、ディズニーランドは車椅子でも十分楽しむことが出来るのだ。

雨が降っていたので夜のショーは無理とあきらめていたのだが、運が良いことの雨が上がったのだ。ミッキーが悪の勢力の負けようとなるのだが、最後はミッキーが勝つという話のショーだった。修学旅行生らしい男子が、夢の国よさホテルに向う姿が印象的だった。ここは夢の国なのだということを実感した。

今回はシェラトンに泊まったのだが、早割りで一人が6000円というコースだった。二泊して24000円ということなのだが、これは実に安く泊まることができたということなのだ。ディズニーランドに行くときはホテルは寝るだけなのだ、それほど豪華である必要はないのだ。それでも舞浜にあるホテルはそれなりの豪華なのだ。車椅子体験や豪華なホテルの泊まるというありがたい経験をすることが出来た旅行だった。楽しむことができたのが一番幸せなことだと思った。
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by qzr02421 | 2011-12-13 21:12 | 旅行

車椅子は大変だ

車椅子でのディズニーランド体験、みんな親切だということだ。車椅子の人も結構目に付いた。体に障がいがある人も楽しむことができる夢の国なのだ。車椅子でアトラクションに行くと、係りの人が必ず声をかけてくれる。アトラクションを利用するためにカードがあるのだが、それを示すと、その時点での待ち時間の間、車椅子で待っているのは大変なので、その待ち時間をどこかで過ごして、指定された時間にアトラクションに行けば、利用することが出来るのだ。

並ばないでトイレなどの行くことができる程度のことだけれど、車椅子でトイレといっても、結構大変なのだ。体が自由に動くということがありがたいことということが分かる。車椅子での移動もそれなりに大変だ。雨が降ったらもっと大変だろう。いくつかのアトラクションを楽しむことができた。

クリスマスバージョンでホーンテッドマンションが面白かった。サンタクロースではなくサンディクローズというものを祝うという形となっているのだ。いつもの幽霊ではなく、サンディクローズというものを中心としたストーリーとなっている。クリスマスバージョン時期に初めて行ったということに気づいた。カントリーベアジャンボリーも同様なクリスマスバージョンだった。楽しい時間を過ごすことができた。

パレードも車椅子専用のスペースがあり、そこでゆっくりと楽しむことができた。車椅子は見る位置が低いので、そのような場所があることがありがたいことだ。このような場所で見ていて、悪いような気がするのだが、夜は普通の場所で見たのだが、車椅子は座るでもないし立っているわけでもないので、パレードを見るには実に不便なもののだ。車椅子のスペースはやはり必要だと思った。車椅子を使用して、その不便さを実感した一日だった。
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by qzr02421 | 2011-12-12 20:55 | 旅行