本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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年金はどうなるのか

ヤマダ電機が名古屋の駅付近で開店というニュースがあった。多くの人が並んだということだ。日本は平和で、ワーキングプアという現実がある一方で、オタクという存在もある。子どもが就職しないでいるけれど、その子どもの親は年金と貯蓄でそれなりの生活をしているようだ。ワーキングプアらしき人がヤマダ電機の開店に並んでいたり、パチンコの開店を待ってしたりするのだ。

豊かな老人もいるだろうし、豊かでない老人もいるだろうが、豊かな老人とワーキングプワという組み合わせが多いのだろうか、どうして若者が金曜日という平日にヤマダ電機の開店の並ぶことができるのだろうか。格差とか貧富の差とかいう現象が指摘されているが、もっと違う説明があるような気がする。

年金に物価スライドを適用して、年金支給額を下げようとする法案が提出されるそうだ。この報道にたいして、年配の人は困ったことだ、政府はきちんとした年金を支給すると約束したはずだと怒りをぶつけている。現在年金を支給されている人たちは、自分が納めた額よりはるかに多くの額をもらっているはずだ。それなのに怒りしかないというのは公共心がないような気がする。

若い人はその年金支給減額に対して、年寄りが困るから年金支給減額をすべきではないという人が多いようだ。やさしい若者が多く存在していることがわかる。そのやさしい若者の力で現在の年配の人の年金は維持されているのだ。このあたりのことは年配の人がしっかり理解することが大切だと思う。年よりは保護されて当然という意識を変えない限り、日本の未来はないのではないのだろうか。
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by qzr02421 | 2011-11-28 18:54 | 日常
ガラパゴス上司という恐竜がいるようだ。時代というには20年ほどで変化をするので、20年前の常識で行動する上司ということだろうか。高度成長期には年功序列で生涯賃金が常識だった。一つの会社で一生を終えるということだ。それがグローバル化で崩壊しつつある。しかし、一つの会社で一生を終えるという考えを持った人はその考えから抜け出すことができないのだ。

結婚というものも、25歳前後で結婚して家庭を持つというのがかつての常識だった。その常識も崩壊しつつあるようだ。結婚をした家庭を持つという人生が確立したのは昭和の時代なのだろう。明治時代から昭和初期には結婚をしないで一生を終える人たちを多かったと思う。江戸時代も同様だろう。小作の人が結婚しなかったのではないのか。人の常識は20年から40年で賞味期限が終わるのだ。今、自分が持っている常識が崩壊しつつあるということだ。

婚活を親がやっているという番組があった。自分の息子や娘の相手も親が捜すというセレモニーだ。結婚した子どもを育てるというのが常識の世代の親がいるということであり、結婚を人生の目標とすることができない子どもが登場したということだろう。しかし、人間は自分の価値観を変換することができないので、自分の価値観で行動するのだ。

ガラパゴス上司というのは、常に「頑張れ」が口癖だというのだが、今は頑張ってもダメという時代なのだろう。「頑張らない」という本もあるほどだ。頑張るのがかつての価値観だったが、それが崩壊しているのだ。頑張っても成果が上がらない時代、頑張るだけでは成果が上がらない時代なのだ。また、部下の考えを変えようとする上司もガラパゴスということだ。説得という価値観も崩壊しているのだ。多様化という時代だという認識が必要なのだ。難しい時代に生きているあるいは、価値観の変化の時代の生きているという自覚が大切なことなのだ。
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by qzr02421 | 2011-11-25 18:59 | 日常

なぜ国があるのか

消費税を段階的に上げるというニュースがあった。5パーセントから8パーセントそして10パーセント、最終的には17パーセントにしたいということだ。食料品などの税率を下げることが今回は検討しないとのことだ。フランス人権宣言では国家の運営は税金で行なうとあるのだから、国民が税金を負担するのは当然のことだろう。フランス人権宣言には税金は能力の応じて納めるともあるので、消費税は逆進性が強いので問題かもしれない。

どうして国家を作ったのか、国などというものは歴史的には昔からあるのだが、この国というのは国民国家という意味だ。国民国家というのはフランス市民革命以後に生まれるものだ。貴族や国王を追放したり、ギロチンで殺したりして成立したのが国民国家というものだ。国王や貴族を追放したり殺したりしたので、国家形成の正当性を欲しかったのだろう。フランス人権宣言は国家の成立を正当性を示すものだ。

だいたい国民というものは19世紀以後に成立する概念だ。千利休は実は朝鮮系だという話があるが、それが何なんだということだ。朝鮮という国民意識が生まれたのが19世紀以降ということだから、朝鮮系ということ何言いたいのだということだ。朝鮮系、中国系ということで何が言いたいのだ。19世紀以降の概念を18世紀以前の使おうとしても意味がないということだ。古代から中世、そして近世までは国家意識がないのだから、どこの人でもよいのだ。

阿倍仲麻呂は唐の役所の仕え、日本の帰国することはなかった。唐の役所は能力さえあれば、どこの人でもよいのだ。阿倍仲麻呂が日本列島に帰りたいという気持ちはあっただろうが、彼が日本人だから帰国したかったということとは関係がないのだ。千利休がどこの人でも関係がないのだ。文化というものは国民と関係がないということを理解することが大切なことなのだ。
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by qzr02421 | 2011-11-24 21:48 | 日常
夕方、ネットにニュース配信で立川談志の死去を知った。たまたま、今日は談志の落語を午前中にCDで聞いていたので、余計に驚きがあった。彼の独演会は一回しか聞いたことがないが、マイクを使うのは邪道だ、肉声で聞こえるものが良いのだと金山の市民会館中ホールで語ったのが印象的だ。このホールでマイクなしではほとんど聞こえないのだが、それでも肉声を重要視している姿勢をすごいと思った。

ほとんど天才的な和芸だと思う。ゆっくりも話すことができるし、テンポのよい落語もできる。落語の面白さを分からせてくれる落語家だった。長生きをすればよいというものではないが、病気を患った晩年の人生は気の毒なようなきがするが、談志だったら、それも人生、人間は死ぬのだから、それでよいのだというような気がする。

落語の枕に、現代風の話しを取り入れたのは談志だと、談志自身が語っている。それを他の落語家が始めたので、面白くない、これからは古典をやるのだといいながら、議員時代の失敗を語るという芸風だった。日常からはいて、日常を語るという芸風はとても好きだった。いろいろな落語家がいるが、枕そして落語が面白いという、やはり天才というべき人だったと思う。

どんな落語でもできるが、落語を演劇のように捉えている人のように感じていた。演劇のような落語、そういう味があるものだった。声がでなければ落語はできないので、咽頭癌の手術、糖尿病など患い、好きな落語もできないけれど、それでもそれでよい、やることはやったんだ、ときっと言っているような気がする落語家さんだった。
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by qzr02421 | 2011-11-23 20:37 | 日常

疑問を持つことが大切だ

ガラスや陶磁器やなぜ割れるのか、割れるものが陶磁器やガラスだと思っていた。しかし根本的に考えれば、鉄は割れずにガラスが割れるのはなぜかということを考えることが重要なことに思える。なぜと問うこころが学問を進歩させるのだ。当たり前と思ったら、そこには何も見えないのだ。どうしてガラスが割れるのか。それは原子の配列に関係があるということだ。ガラスの原子は規則正しく並んでいないので、衝撃に弱ということだ。だったら、原子をきちんと並ばせる技術が開発されれば、割れないガラスが登場するということになる。

落語で、八五郎の家の前に泥が置いてあったので、その始末の仕方をご隠居に尋ねると、ご隠居は穴を掘ってそこにその泥を入れればよいという。その通り穴を掘って泥埋めたたら、穴を掘った土が出たのだ。ご隠居にそのことを言ったら、もっと大きい穴を掘れといわれたというのがオチだ。現代でもゴミが増えたのでどうしようというと、ゴミビジネスなどというものが登場するのだ。落語を笑うことはできないのだ。

電気が不足しているので、原子力発電にしたら、放射線の危険があるというのだ。放射線の危険なのは、最初から分かっていたはずだ、原子力を推進したい人は、原子力の安全しかいわない。反対派は原子力は危険しか言わない。電気はそれなりに必要なことが事実だ。電気はどうすると聞くと、賛成派はだから原子力と主張し、反対派は江戸時代にもどればよいというのだ。

江戸時代のもどることなどできないし、電気をもっと使ってといっていた電飾会社の存在あった。どのような技術も良い面と悪い面があるに決まっているのだ。そのバランスの中で、技術開発をすべきだろう。物理で習う、作用反作用の法則というものがある。作用させたら反作用があるに決まっているのだ。どうして作用するときに、反作用を考えないのか、人類というのは頭が悪いとしか思えない。頭がよいと思われる東京大学出身者は実は頭が悪いということだ。勉強だけできてもダメということだ。
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by qzr02421 | 2011-11-22 20:17 | 日常
『思考のケミストリー』大澤真幸著を読んだ。社会学者の大澤さんが文学を分析するというものだ。夏目漱石や宮沢賢治などの作品をとりあげ、作品を分析しながら、その作品とその時代を分析しようとする試みのようだ。文学は文学として楽しんだほうが良いとは思うが、社会学という学問は大変な学問のようだ。

社会学という学問は大衆の発生とも生まれたようだ。19世紀に国民国家が生まれ、市民という存在が生まれ、時代の支配者として君臨しようとしたが、20世紀になると、大衆というものが生まれた。この大衆をどのように扱うか問題となったのだ。大衆を研究する学問が社会学ということらしい。

社会学とは、世の中をどのように見るかを考える学問なのだ。社会学とは考えるより見ることが大切なのだそうだ。見るということは、見えないものを見るということだ。見えるものが全てではないのだ。見ているようで人が見えていないということでもある。考えるより見ろということは大切なことだと思う。遠野物語、柳田国男の話で、遠野のある村で、馬頭観音を寺から持ち出し、子どもたちが投げたり、そりすべりをした、これを見た別当(地主か、庄屋か?)が子どもたちを叱ったそうだ。そうすると別当は思い病気のなったそうな。

巫女らしい人が何故病気のなったのかを問うたら、馬頭観音は子どもたちと楽しく遊ぼうとしたのを邪魔したからだという。馬頭観音の意向を無視した別当が本当は馬頭観音が子どもたちを遊びたいということを知りながら、世間体で馬頭観音で遊ぶ子どもたちを叱ったことが原因だというのだ。大人は実は子どもの心が分かっていながら、その心を無視するところに、観音が怒る原因があるというのだ。分かったようで分からない話だった。
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by qzr02421 | 2011-11-21 18:40 |

大阪の町は面白い

大阪の宿は北新地にあるホテル関西にした。スタジオライフが公演する劇場に近く、しかも安いということで選んだ。しかし北新地は歓楽街なので、客引きなども多く、危険な香りもするところだ。ホテルの周りには飲み屋やラブホテルが多い。怪しい雰囲気たっぷりの町だ。劇を見て、コンビニで夜食と酒を買い、そそくさとホテルに帰る。それが一番安全ということだ。

怪しい場所のあるホテルなので宿泊している人も怪しいらしい。夜ケンカをする声が聞こえる。ホテルの外でも雄たけびも聞こえる。ケンカをする人も声が聞こえるというのも不思議なことだ。ケンカの声を聞きながら寝てしまった。それにしても北新地はやはり怪しい町だ。翌日祭りのあとの北新地を散策したが、明るい光の中では怪しさはない町だった。歓楽街は朝は死んでいるということだろう。

東洋陶磁資料館に久しぶりに行く。陶磁器を見ると心が落ち着くような気がする。陶磁器を見ながら、資料館の窓から外を見ると、中ノ島は紅葉している。秋も深まっているということを実感することができる。最近は中高年が絵を描く姿を良く見るようになった。中ノ島でもそのような人を多く見かけた。奈良でも般若寺でもそのような人が多かった。般若寺はコスモス寺ともいわれ、写生にはよい場所なのだろう。

東洋陶磁資料館を見たあとには、落語を楽しんだ。天満天神繁盛亭で3時間くらいの時間、だいたい一人15分ほどだが、それなりに楽しむことが出来るのだ。講義をするときにこの話芸は参考になる。どのようにしたら話を聞いてもらえるのか、その技術を手に入れたいものだと思いながら、落語を聞いた。技術の深さを考えながら、近鉄で名古屋に帰るのだった。
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by qzr02421 | 2011-11-18 16:07 | 旅行

旅はよいね

奈良は旅館やホテルが少ないというのだ。観光地としては異例に宿が少ないのだろう。奈良での定宿があるわけではないのだが、今回もスーパーホテルロハス店に泊まる。JR奈良駅付近にはスーパーホテルが二軒あるのだ。駅に近いほうは天然温泉があるのでこちらを利用することが多い。部屋の風呂の入るよりは開放的で気持ちがよい。奈良市内で温泉という気持ちもするのだが、温泉というだけで健康的な気持ちがする。

最近の研究かどうかしらないが、温泉成分よりは熱いもしくは暖かい風呂の入ることが健康にはよいということのようだ。温泉成分が体に沁みていくというようなイメージがあるのだが、それほど簡単に人間の体に温泉成分が入っていると考えることのほうが単純だったのだ。熱い風呂に入ることで新陳代謝、物質交代ともいう現象が起きることが健康的ということだ。それはその通りだと思った。

京都で楽しんだ後に奈良での正倉院展などを楽しみ、さらには奈良で温泉を楽しみ、奈良での夜を楽しんだ。翌日は伏見を散策した。伏見の町は狭いので、歩いてまわることが可能だ。寺田屋など坂本竜馬に関する観光地も多い。商店街では坂本竜馬祭りのようなものをあるようだ。伏見は京都と大阪を淀川で結んだ要地だ。江戸時代と明治以降とは船の通り方が違うらしい。埋め立てなどで海路の変化があるということだ。10石船や30石船の復元があり、寺田屋の前くらいから三栖閘門あたりまで航行している。船に乗らなくても川の横を歩くことができるようになっている。

伏見をあとにした大阪に向う。夜はスタジオライフの公演を見るのだ。スタジオライフとは男性だけで、つまり男性が女性を演じるのだが、その男性がまるで女性のように見えるのだ。こういう劇団は女性が好きなようで、客のほとんどは女性だ。演目は「真夏の夜の夢」だ。それほど面白い作品だとは思わないが、アドリブかどうか分からないが、アドリブらしい演技もあり楽しむことができた。この劇はパックという妖精が狂言回しをするのだが、このパックの出来の良さで劇の評価が決まると思う。なかなかのパックだった思う。
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by qzr02421 | 2011-11-17 22:00 | 旅行

読書三昧

県図書の本を斜め読みする。『近代日本の転機』これは昭和から平成にかけての事件いくつか取り上げ、それが日本の転機だったということ示した本だ。世界恐慌からはじまり満州事変、5・15事件、松岡洋佑の誤算つまり国連脱退、天皇機関説の否認をへて2・26事件、北支事変から支那事変へ、国家総動員法、東京オリンピック返上という流れだ。この本は地下鉄サリン事件でおわる。

二冊目は『哲学塾 歴史を哲学する』これは歴史哲学というものだ。過去を存在するのかという問だ。過去は存在するだろうが、しかし認識されない過去は存在を許されないのだろう。過去の事件に対する認識は人のよって変わってくるのだろうか。エピソード記憶というもの、人と人との関係については記憶のちがいが生じやすい。お金を貸した、借りていないという争い生じることがある。過去とは何かということを考えさせられた。

三冊目は『近現代史考究の座標』考究というあまり使わない言葉が印象的な本だ。近代ではヨーロッパを原産とする国民国家の時代だ、国民国家は憲法とともにある。国民国家と否定するということは憲法を否定することではないのかと問う。また近代の価値基準とは何を今一度考えることが必要なのだろう。

四冊目は『往きて、環る。』これは古典とは何を考える本だ。古典をとらえる価値判断とは何か、私たちは拠るべき価値規範を見失ったのではないのか、古書物が古典なのか、古典は私たちの何を教えてくれるのか、今生きる規範や心の拠りどころつまり私たちが生きる上でのお手本こそが古典ではないのかという。だったら日本国憲法は古典だろうかと問う。古典を縦だけでなく横のみることが大切だという。横からの眼差しは「やぶにらみ」だという。

このほか『天皇象徴の日本と私』(古代天皇は朝鮮から来たのだ、それを記紀は隠そうとしているという、河内王朝とは朝鮮系の天皇だという、それを近代歴史学は言わないという)『昭和とは何だったのか』(日本のアジア侵略の歴史を知ろうとはしない人が多い。歴史を学ばない人は未来がないらしい。保坂氏の著作だ、小泉元首相は東条英機に似ているという、昭和史を今一度学ぶことが大切なのだろう)『文学部唯野教授の女性問答』(筒井康隆の軽妙な文章が良い本だった)『浜口雄幸』(副題はたとえ身命を失うともでライオン宰相の伝記だ、伝記をじっくり読むことが無くなったが、彼の生き様がよく分かる本だ)『気持ちのいい話?』(鷲田清一対談集だ、香山リカ、多田道太郎、田口ランディなど教養あふれる対談集だった)『あがり』(奇妙なSF小説だ、生命科学研究所での科学的な実験を利用した話は、面白いような奇妙な印象を持った)『愛国心』(愛国心をタブー化することが危険なのだろう、国を愛することは人間の普通の信条のはずだ、この国とはふるさとと言ってもよいだろう、愛国心とは政権を愛することではないのだ、愛というのは人間にとっては大切なものなのだ)最後の『ボードインアルバム』(外国人の見た幕末長崎、ボードインという人が記録した幕末の写真集だ、幕末から昭和初期まで日本の風景はあまり変わっていないことが分かる、ながめるだけで楽しい?本だった)以上12冊の本を斜め読みして印象に残ったことを記したのだ。
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by qzr02421 | 2011-11-16 11:36 |

旅には傘が必要なのだ

旅にでるときには傘を必ず持っていくことにしている。もって行くと不思議に雨が降らないのだ。雨が降っていても小雨になったり、あるいは急に晴れたりするのだ。一種のジンクスだろうが、旅行で雨にあうことはない。台湾に行ったときには台風が接近したが、運よく帰国することが出来た。台湾の空港は台風の凄まじい風だったが、幸運にも飛行機が飛んだのだ。

東海豪雨のときには、用事で犬山駅にいたのだが、小牧駅が雨で水没してしまったため電車が普通になってしまった、庄内川も増水していたようだが、小牧駅の問題が大きかったようだ。12時前に一本だけ電車が動き、帰宅することができた。これを奇跡とでもいうのだろうか。雨男とか晴れ男とかいうが、私は晴れ男かもしれない。そのように行っていると雨をお見舞いされる可能性もある。奈良に行ったときには靴が・・・という状態になったこともある。晴れが多いのは、偶然には違いがないのだ。

京都国立博物館で細川家の至宝展を見ているうちの雨が上がった。すごくラッキーなことだ。京都を横断して西にある大谷ミュージアムに行く。途中小雨が降るが傘をさくほどでもない。ここの展示はなかなか素晴らしいと思うのだが、信徒の人が集団できて、興味なさそうの通り過ぎる姿を見るのが悲しいのだ。インドの仏教遺物から始まり、親鸞までの展示だ。シルクロードある仏教遺跡の復元も素敵なのだが、それを横目に見て通り過ぎる人が多いのは残念なことだ。仏の慈悲を考えるためにも、是非おとずれるとよい博物館が大谷ミュージアムだと思う。

京都から奈良に向う。金曜日の夜は7時まで正倉院展を開催している。昨年までは結構すいていたのだが、それが普及したのだろうか、結構の人だった。正倉院展開催中は奈良全体の夜が遅い。遅くまでいろいろな店が開店しているのはありがたいものだ。名古屋の夜は早いのだ。栄の地下街も夜の8時には閉店してしまう。これが名古屋は田舎といわれるいわれなのだろう。奈良の町は金曜日の夜は生きているようだった。
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by qzr02421 | 2011-11-15 21:28 | 旅行