本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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8月も終わりだね

8月31日、蒸し暑い日、8月が終わり新学期が始まる。教師をしていると民間で仕事をしている人とはちがい感覚で夏休みを捉えるだろう。授業がないだけで、それなり仕事があるのだが、それで授業がないというのは一種の開放感がある。教師の仕事は授業だけのだが、授業が仕事の一部でもある。50分話すために多くの書物を読む必要もある。その書物を読む時間が、この夏休みにはあるのだ。

生徒から「目からウロコと落ちた」という言葉を聞きたいが為の、少しむなしい努力だ。むなしいのはなかなかウロコが落ちないからだ。基礎的な事項を説明しながらウロコを落とすということは難しい。ともかく今日でその夏休みが終わるのだ。小学校に入学してから、約50回ほどの夏休みが終わるのだ。生徒が夏休みが終わるときに寂しさを、ず~と感じるのが教師という仕事なのだ。

太平洋上には台風12号が本州を狙っている。このまま北上すると伊勢湾台風とおなじようなコースなのだろうか。9月3日には上陸するということだ、心配なことだ。明日の始業式は大丈夫だろうが、2日の金曜日はどうだろうか。暴風警報が出ると学校が休みになる。教員は休みのなるわけではないのだが、これまた授業はなくなるのだ。

授業がしたいという気持ちを持ちながら、授業がない状態を楽しみという二律背反の気持ちがある。台風については被害がないこと祈るだけだ。日曜日の午後2時以降の気持ちと夏が終わる気持ちが似ているようだ。なにか寂しいが、明日からの日常を期待すると言う気持ちなのだ。
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by qzr02421 | 2011-08-31 16:59 | 日常
四年ぶりの展示ということで、それなりの見物をしている人がいる三菱東京UFJ銀行貨幣資料館だった。四年ぶりというのは保永堂版東海道五十三次のことだ。いうまでもなく広重の代表作だ。パンフによればこの版画は風景画の頂点立つ作品のひとつということだ。天保4年作ということだ、つまり1833年の作品ということだ。日本橋から京都三条大橋までの55枚だ。

広重が幕府の一行に付随した体験をもとに作画したといわれている作品だ。9月11日までだから、この作品を見ることができるのはわずかな期間だ。今年は博物館の法則に逆らって、会期の後半に行くことが多い。会期の後半は混雑しているということだから、今日8月30日に行ったのだが、初めてこれほどの人を見た。夏休みということだろうか、昨日のシャンハイを見た映画館も多くの人でごったがえしていた。

広重のこの作品は、教科書や資料集でよく見る作品なのだが、実際に光を落とした博物館で見るのは素敵なことだ。何時もになく照明が暗いということも、この作品の貴重さを感じさせるものだった。広重のこの作品は旅路の風光や風物などがたくみの描かれているのが素敵だと思う。雨や雪そして暴風などで旅人が難儀している姿は、江戸時代を感じさせる。

珍しく人が多いので、常設してある展示などを見ながら、広重を充分に満喫することができた。常設展では天正沢瀉大判や太閤分銅金などが展示され、それなりに満足することができた。天下人である秀吉の貨幣というものも権力を感じさせられるものだった。暑い名古屋の午後だったが、涼しい時間を過ごすことができた。9月13日からは行書東海道展だそうで、これも楽しみなことだ。
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by qzr02421 | 2011-08-30 19:33 | 劇,映画その他
蒸し暑い日が続く。長男が26歳となった。26歳なのか。自分が26歳になったときにはずいぶん大人になったとおもったが、親の目から見ると子どもにしか見えないということが不思議なことだ。年齢というのは相対的なものだから、そのように見えるのだろう。自動車保険は26歳以上が一つの区切りだそうだ。26歳というのが交通事故の分岐点なのだ。大人になったということであるのだ。

シャンハイという映画が上映されている。大人の男と女の愛を描いた映画のようだ。舞台は真珠湾攻撃が始まる以前のシャンハイ、ここで日本の真珠湾攻撃を予測できる写真が見つかり、しかし、アメリカは日本との戦争を望んでいないというように描かれている。 望んでいないのなら、石油をとめるようなことをしなければよいと思うのだが、アメリカは善意の国だから、日本が中国から撤退すると思っていたのかもしれない。そのような思わせるつくりかとをしている映画だ。

映画はシャンハイでのスパイ合戦を描いているのだが、とくにシャンハイではなくてもよいという印象をもった。大人の男と女の愛というものが屈折しているということがよく分かる映画だ。愛というもの進展がある映画でのないのだが、アクションがあるという映画でもない、どうしてこのような進展になるのという気持になる映画だ。暑い8月の午後、涼しい映画館で過ごすにはちょうどよい映画だと思う。

相手のこと大切に思うことが愛だとすれば、相手が好きなように行動して、それでよしというのが愛なのだろうが、その相手を束縛したいという気持ちがあるのも愛だろう。本当の愛しているのなら、その相手の幸福を考えるのだろうが、相手もそのように考えているのだとすれば、お互い引き合うというのも変だと思う。愛というのは身勝手なものだとして、自分の気持ちをぶつけたほうがすっきるするような気がするのだ。
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by qzr02421 | 2011-08-29 18:49 | 劇,映画その他
伊能忠敬は50歳で隠居して、日本中を実測し始めたのは55歳だった。最初の測量は北海道の南の部分だった。その後何回かの測量をして日本中に測量をして、今でのほぼ正確な日本地図を作成した。地図というものがない時代に地図を作成したということがすごいことなのだ。衛星で取った地図とほぼ等しい地図を作ったということがすごいことなのだ。

幕末、イギリスかアメリカだったか、日本の沿岸の測量を使用としたらしいが、伊能忠敬の地図を見せたら、日本の技術に恐れ入って測量をやめて帰国したという話がある。野蛮と思った日本にこれほどの地図があるということが分かったことで、日本の植民地化が止まったということでもあるのだ。同時代の中国ではこのような地図を作成する人物がいなかったようだ。中国清朝の領土が高第ということもあったろうが、中国にはヨーロッパ人がもたらした世界地図しかなかったのだ。

立川志の輔の落語「大河への道」はその伊能忠敬の業績をたたえる落語だと思って聞きに言った。長崎での竜馬の人気から話は始まり、長崎でシーボルト記念館での話につなげた。シーボルトが日本地図を手に入れた事件の話のもっていき、その地図を作成したのが伊能忠敬というように展開した。これまで1時間の話だった。落語は講談か分からない話だった。志の輔の話術で1時間が過ぎたということでもある。

佐原の伊能忠敬記念館での伊能地図を国土地理院の地図との比較で、伊能の地図の正確さに感動したという話、このことでこの落語を作ったということ、ここから落語になる、大河ドラマに伊能忠敬を取り上げようするのだが・・・彼の話は測量ばかりで、大河として面白いかという展開になる、その結果この大河ドラマ伊能忠敬の企画はどのようになるのかという・・・波乱万丈の話が続くのだ。楽しい2時間の落語?講談?だった。
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by qzr02421 | 2011-08-28 20:49 | 劇,映画その他

名前の付け方が大切だ

京都国立博物館で「百獣の楽園」という特別展示を8月28日まで開催している。学芸員は見ているだけで愉快になる動物が描かれている絵画などを展示すれば子どもたちが見にくるだろうという気持ちで企画したと思うが、古美術を楽しんでもらうためにはこの「百獣の楽園」というネーミングはよくないような気がした。「百獣の楽園」というネーミングで狩野派や雪村や本阿弥光悦などの展示があるとは想像できないと思う。

チラシも緑で熱帯の楽園を表現しているような感じのものだ。このチラシを最初見たときには、ゴーギャンの展示会だろうかとも思った。このチラシをよく見ると獅子や象や猿などがあり、その理解は間違っているということとは分かるのだが、古美術というイメージには遠いと思う。チラシのウラを見ても、この印象は変わらない。

奈良国立博物館で開催している三蔵法師の旅を描いた絵巻物を見てから京都に向ったのだが、この奈良博の展示も8月28日までなのだが、この展示は絵巻物、藤田美術館が出したということもあるのか、大変の人が、絵巻物がは見てもよく分からないにも関わらず、多くの人が行列を作っていた。孫悟空も出てこない地味な絵巻物なのだが、珍しいものだから、人がくるのだろうかとも思った。この展示の最後の方の西遊記のできる過程の展示はそれなりに面白かった。三蔵法師が持ち帰った経典が日本に渡り、その写本が展示されていたが、これも壮観だった。

京都博は奈良博に比べればそれほどの人はいなかったが、京都博のほうの展示の方が、学芸員の苦労は大変なものではなかったのかいう印象をもった。虫を描いた古美術を集めるという努力は大変なものだ。虫という観点で美術品を再確認するということだ。ラクダや牛などはともかくセミやコウロギやハチなどを描いた古美術を探すのだ。この展示は結構感動したが、学芸員の努力に対して展示のネーミングが悪く、何を展示しているのかが分かり難いということが残念なことだった。
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by qzr02421 | 2011-08-27 20:08 | 劇,映画その他
本日のニュースは島田紳助引退ばかりだ。暴力団との関係が原因のようだが、詳しいことはさっぱり分からない。芸能界は以前は暴力団との関係は公然とあったようだが、このように引退するとすれば、現在の芸能界は暴力団との関係が希薄になっているのだろう。相撲でも暴力団との関係を絶っているのだから、当然の動きなのだろう。

それはそれとして、彼は今後どうするのだろうか。55歳で引退、あとは余生を過ごすというようなのんびりとした人生を歩むことができるのだろうか。お金の心配はしなくてよいようだから、それなりの生活はできるのだろう。沖縄に移住するという話もある。伊能忠敬は50歳で家業を引退して、その後日本中の測量をしたのだから、55歳での引退というのは面白いことだ。

私自身は教員を52歳で退職、つまり引退して、現在に至っているのだから、引退できる人は引退すればよいのだろうと思う。私の場合は引退してもカルチャースクールなどで講演をしているのだから、引退したとはいえないかもしれないが、自由な時間が多いことが事実だ。人間は必ず死ぬのだから、死ぬまでの時間を生きたいように生きればよいのだと思う。生きたいように生きるとはどのようなことかを考えるのも人生だろう。

親鸞は仏の修行をして悟るということは親鸞が救われるということだというようなことを言っている。苦しい人生でも、自分の人生の苦しみは自分だけしかわからないのだから、自分の苦しみを背負って生きるのが人生なのだろう。仏を信じることができれば、そこで極楽浄土への道は約束されているのだから、それからの人生はただ自分のおもうままに生きればよいと親鸞は教えているのだと思う。
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by qzr02421 | 2011-08-24 19:13 | 日常
人間が分かり合う上で言葉はどれくらい重要性をもっているのだろうか。言葉が通じるためには感性や思考の共通基盤がなければならないだろう。言葉だけでは理解し合えないということだし、言葉がなければ意思疎通ができないということも事実だろう。共通の文化があり、その上の言葉で分かり合うということだ。

長く連れ添った夫婦は会話がなくてもわかりあうことができるという。これは長い共同生活の中で感性や思考の共通な地盤が形成されているということだ。結婚したばかりの夫婦が、言葉で意思疎通しようとしても、上手くいかないのは、まだ共通の基盤が形成されていないということでもある。

相手を理解しようとするときには、相手の言葉の背景にある感性や思考や文化を理解しようとしないと、理解はできないだろうし、理解は深まらないだろう。言葉で言うは簡単だが、これは容易なことではない。人と人が心が通じないとしたら、それは言葉の違いよりは文化の違いと言ってもよいと思う。

日本文化の中にない現象は日本語にはならないだろう。学生時代はやった「アイデンティティ」という言葉は「自己同一性」と訳してみても、その現実が日本文化にはないので、理解はできないはずだ。アイデンティティとは「お前は誰だ」ということ対する答えということだが、日本人は「お前は誰だ」と問われることはない文化を持っている。身分はいつも証明されているのが世間というものなのだ。プライバシーというものも日本文化の中にはない現象だ。個人が確立しないとプライバシーは存在しないのだから、個人が未成立な日本にプライバシーにあたる日本語がないのも当然のことだ。
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by qzr02421 | 2011-08-23 12:56 | 日常
明治文化について考えているのだが、明治文化というと文明開化という捉え方は間違っているのだろう。明治政府は日本が中国のように植民地化されるのではないかという恐怖心を持っていたとは思うが。それも明治に入って10年ほどのことだったのではないだろうか。潜在的には明治時代全般に植民地化の恐怖はあったのだろうが、実質的な植民地化ということはないということに気がついたと思う。

西欧文明を受容したことは事実だが、西欧文明をそのまま受容したわけではないのだ。牛肉をそのまま受け入れずに牛鍋という形で受容した。ステーキなら牛肉を焼くのだが、牛鍋は牛肉を和風に工夫した受容したといことだ。牛鍋というのは今で言うすき焼きのことだ。これは和食と言ってもよいのだ。パンだってアンパンという形で受け入れた。カレーライス、カツ丼など洋食の和風化は一杯あるのだ。

日本に古来からあるものは西洋か来たものと融合させた和風化させてきたのが日本という国の特徴なのだ。絵画も西洋絵画の導入によって、新たに日本絵画というもの編み出したのだ。油絵を描く人々は西洋画家ということになった。西洋画にしても日本画にしても描くのは日本人なのだ。日本人がなぜ油絵を描かなくてはいけないのかを証明することは難しいことだったようだ。錦絵がすたれ、琳派として日本画を再編成することにも無理があったようだ。

絵画や小説は江戸時代にもあったから、苦労はあったがそれなりの西洋化はできたのだが、困ったのは音楽だ。日本には音階とかリズムがなかったのだ。日本の音楽は詩が中心だったのだ。ラップというのは日本音楽にはぴったりのものなのだろう。しかも日本は音楽をする集団は芸者しかいないという現実もあったのだ。芸者が洋風音楽をするとう矛盾が明治時代にあったのだそうだ。明治文化を語るのは難しいといくことが分かったのだが、これをどのように語るのかを考えることがこれからの課題なのだ。
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by qzr02421 | 2011-08-21 20:40 | 歴史
秋雨前線というものが南下したということで、突然涼しくなった。涼しいのだが、雨が断続的に降っている。涼しいということはよいことだが、雨が降るのはいただけない。自然の営みは人間に予想ができないことだから、甘んじて受けるしかないのだろう。想定外という言葉が流行しないように願うばかりだ。

雨が降ると散歩に行けない。傘をさして散歩ということも考えられるのだが、雨が降っていないほうがよいのだ。犬の散歩の人が雨でも出かけるようだが、大変なことだ。雨の中散歩はしたのだが、1時間は歩くことはできない。30分ほど歩いて、散歩はあきらめた。

音楽の本を読んでいたら、面白ことが書いてあった。フェルマーターという記号がるのだが、この記号は明治時代に長く伸ばすと訳された。しかし西洋音楽はリズムが大切らしくて、このフェルマーターはリズムがなくなり音がなくなるという意味だったのだそうだ。日本では音がなくなる、つまりリズムがなくなるということは理解ができなく、西洋ではここで音が死ぬということだそうだが、日本では音が続くと理解したというのだ。

西洋音楽はリズム中心で、東洋、つまり日本の音楽はリズムではなく旋律が大切ということらしい。日本の音楽はリズムではなく、音の上下で表現するとうことなのだ。カラオケでリズムを無視して気持ちよく節をまわすのが日本流ということなのらしい。音痴という言葉は日本にはふさわしくないということでもある。フェルマーターの理解の違いということにはびっくりさせられた。
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by qzr02421 | 2011-08-20 19:44 | 日常

想定外は想定外なのだ

秋雨前線が南下して、急に秋らしくなった。空気の入れ替わりでこれほど涼しくなるのかということを実感している。人間は連続していろいろなことが起こると思っているのだが、現実は不連続なのだということだろう。最近よく聞く想定外という言葉があるが、現実はいつも想定外なのだということだ。

元気だった人が、急に調子が悪くなるということがあるのだが、急に何かが起こるのが現実ということだ。予想通りにことが進まないのが普通ということだ。カルチャーセンタで昭和史を話しているのだが、戦前の日本がなぜ勝てないと分かっているアメリカと戦争をしたのかという疑問があるのだが、これも想定外ということなのだろう。

予想通り世の中は進まないのだろうが、進むと考えているのが東京大学など卒業をして官僚になっている人たちなのだ。彼らはすべて理論どおりにこと起こると思っているのだろう。日本銀行の優秀な人たちの予想が当たらずに、景気もよくならないのだから、やはり現実はいつも想定外ということだ。

想定外ということが現実なのだから、いつも想定外のことが起こっているのだろうから、それは想定外ではないのだ、想定外ことが起こるのが普通なのだとすれば、想定外と言う言葉は死語なのだ。自分の考えたような現実というものはおきないということを知っている人が少ないのがダメということだ。現実は不連続ということをしっかり認識することが大切ということなのだ。
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by qzr02421 | 2011-08-19 19:34 | 日常