本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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東洋陶磁美術館に駆け込んだときには激しい雨だったが、美術館を出るときには小雨になっていた。今回最後のイベントとして「天満天神繁盛亭」に行く。お昼になったので、恒例のうどんを食べる。大阪での昼食はうどんかお好み焼きということにしている。京の着倒れ大阪の食い倒れというだけあって、大阪は食事をするところが多いように感じるし、昼間からお酒を飲んでいる人も結構みかける。昼間からお酒を飲むことが出来る社会というのは、それなりに成熟しているのだろうと思う。

天満天神繁盛亭では15分間隔で落語家が入れ替わり立ち代りする席亭だ。1時に始まり4時過ぎに終わる。その3時間、10人の落語家さんが登場する。10人目には最初に聞いた落語を忘れそうだ。贅沢な3時間なのだ。大阪には200人を超す落語家さんがいるそうで、全員が何らかの仕事をして、食べていけるということは素晴らしいことだ。文化が根付いているということかもしれない。途中で色物もあり、それなりの楽しむことができる。津軽三味線と玉乗りなどの芸も楽しむことができた。落語は8本もあると、区別が難しい。

劇を二つ見て、陶磁器を見て、最後の落語を聞いて、今回の旅行は終わりだ。大阪に来るとお土産は551蓬莱の肉まん、大阪ではブタまんというたら、大阪で肉といえば牛肉なのだろうか。肉じゃがの肉は当然牛肉をいうので、豚肉を使用した場合にはじゃがぶーというのだそうだ。ブタまんとシュウマイと餃子を買うことにしている。近鉄難波駅の地下街に店があり、いつも行列が出来ている。ここでそれを買い、駅の売店でビールを買い、いよいよ名古屋に帰るのだ。

ビールを飲みながら、弁当を食べながら、本読みながら、妻と話しながらという旅行ほど楽しいものはない。ビールを片手に窓越しの景色を見るのもよいものだ。近鉄を利用すると2時間の移動時間が必要だ。新幹線だと1時間もかからない。費用が安いということもあるが、2時間ほどの移動時間が旅を感じることが出来る時間だと思う。
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by qzr02421 | 2011-05-31 19:21 | 旅行

陶磁器が奥が深い

アパホテルに泊まった、肥後橋のアパホテルだ。京都には橋があるが大阪には橋がないという。漢字で書いたら同じだが、読み方が違うらしい。今日との橋は「はし」と濁りがない、京都にははしがあるということになる。大阪の橋は「ばし」と発音する。ひごばし、しんさいばし、よどやばしというわけだ。確かに大阪の橋は「ばし」濁っている。不思議なことだ。

肥後橋のアパホテルの朝食は2階と30階の2つのレストランで食べることができる。いつもは2階にレストランで食べるのだが、今回は30階に行ってみた。ここはベトナム料理らしいが、ベトナム風ラーメン以外は2階と同じような料理だった。2階には朝カレーがあったが、ここにはないくらいの違いだろうか。日曜日の朝ということですいていた。ゆっくり朝食を食べることができた。

今日は東洋陶磁美術館で開催している「浅川伯教・巧兄弟の心と眼、朝鮮時代の美」とい特別展を見ようとホテルを出立した。途中で天気予報どおり雨が降ってきた。しかも相当激しい雨だった。激しい雨のなか美術館に到着した。いつもはそれほど来場者は多くはないが、今回は浅川兄弟の業績に触れたいのか、見学者が多かった。

浅川兄弟は山梨県生まれの人たち、兄の泊教は81歳までの長きに渡って日本と韓国を往復して、朝鮮古陶磁の研究に生涯を捧げたのだ。一方弟の巧は営林局職員としての仕事をしながら、「朝鮮の膳」「朝鮮磁名考」という名著を著したのだが、なんと40歳の若さで韓国の地で亡くなったのだ。巧さんは朝鮮の陶磁器を見て「中国の陶器は理性が勝るが、朝鮮のそれは人情の味がする」と評価したのだ。文化を比較することも大切だが、その文化特有の美を味わうことも大切だということなのだ。
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by qzr02421 | 2011-05-30 17:41 | 劇,映画その他

楽しい劇を見た

「ラブ☆ギャラクシー、地球を救う前に我らを救え」はABCホールで、19時から途中休憩なしで2時間ほどの劇だった。最初は劇中劇というイメージがなかったで、宇宙服を着たハチャメチャな演技の度肝を抜かれた。とんでもない演劇を選んでしまったという後悔が・・・妻もこの劇は何?どうしてこういう演技なのという顔をしている。

宇宙服のシーンが終わり、劇団のシーンになると、本来の役者の演技に戻った。このとき上手い役者が下手な演技をしていたことがわかるのだ。下手な人が下手な演技をするのが簡単だが、上手な人が下手な演技をするのはたいへんなことだ。滑舌が普通の人が滑舌の悪い演技をしていたようだ。この役者さんは最後まで滑舌がよくなかったので、演技なのか本当なのか分からなかった。途中セリフがかぶるシーンもあるのだが、それもわざとか間違いなのかが分からなかった。

どこまで台本どおりかアドリブなのかも分かりにくかった。それにしても、楽しい劇だった。妻はまた、この劇団の劇を見たいといっていた。この劇も元気をもらえる劇だった。元気を吸い取られる劇が多い中、今日の演劇はあたりということになった。笑いのある劇が好きだ。昨日の「リビエールの夏祭り」が暗かったぶん、明るい気持ちになれた。こABCホールは声も聞きやすくよい劇場だ。

劇が終わってから堂島の戻り、餃子専門店でビールを餃子を食べる。餃子が中心の店だ。後から来た客が「ラーメンがないのか」とびっくりしていた。好み店の餃子は美味しいのだが、食べ終わるとすぐに皿などを片付けるので、落ちつかない。ビールがなくなりそうになると、ビールはいかがですかと、監視されているようで落ち着かなかった。ビールを二杯と餃子などを食べ、早々にホテルに戻った。
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by qzr02421 | 2011-05-29 14:27 | 劇,映画その他
キャラメルボックスの二つの作品を見て、ホテルまで歩いていくことにした。梅田から肥後橋まで歩くということだ。ずっと座っていたので、40分ほどあるくのは気持ちがよい。明日雨が降る予報なので、すこし蒸し暑いのが歩くのには邪魔なのだが・・・お初天神を横目に見て、堂島まで足をすすめる。堂島は江戸時代コメ市場があったところだ。堂島ホテルと堂島のケーキが有名だ。堂島ロールというものだ。ホテルで食べたのだが、あまり甘くなくて美味しかったが、それでという感じもあった。有名だからすごく美味しいかどうかは分からない。上品な感じがしたのはネイムバリュウなのだろうか。

堂島ロールはいつも行列ができるほどの人気があるので、購入をあきらめるのだが、本日土曜日の5時頃は行列がなかった。私たちは購入しているときに、再び行列が出来始めたが、ともかく堂島ロールとシュークリームを買ってホテルに向った。堂島ホテルのそばにある「はらドーナッツ」でドーナッツも購入した。この「はらドーナッツ」もいつも行列があるのだが、今日は誰もいなかった。そういう時もあるのだろう。はらドーナッツもホテルで食べたが、ドーナッツだった、当たり前か。

ホテル、アパホテルだが、チェックインして、このホテルにある大浴場で体を休め汗をながして、夜もう一本演劇を鑑賞した。夜、演劇を見なければ、居酒屋でお酒を飲むくらいのことだから、せっかく大阪に来たのだから、演劇を見ることにしている。というわけで夜の演劇は当たりはずれがあるのだ。今回選んだのは劇団スクエアーという結成してから15年ほど経つっている劇団の劇だ。

「ラブ☆ギャラクシー、地球を救う前に我らを救え」という劇だ。地球が核で破滅しようとしているのである惑星にメロディーなんとかというものをとりに行くという設定だ。その劇を演じる劇団の裏話、つまり劇団を解散しようとしている座長、その解散を阻止しようとする劇団員、その劇団の話しと、その劇団が演じている劇という二重構成の演劇だ。
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by qzr02421 | 2011-05-28 15:44 | 旅行
「ヒア・カムズ・ザ・サン」で急遽の出演したのは岡田さんだ。本来出演するはずだった西川さんが脳梗塞で(たいしたことがなくリハビリ中ということだが)入院したので、代役を引き受けただそうだ。岡田さんにシリアスな演技を得意とし、西川さんはとぼけたキャラなのだが、とぼけた役である人物を岡田さんがどのように演じるのは興味があった。

演劇というのは台本と役者で構成される。台本に登場する人物と役者とは大きく関連がある。このような俳優さんが演じたら素晴らしい作品なるということがあるのだ。この作品でアメリカから帰宅する男を西川さんが演じるのと岡田さんが演じるのとでは、そうとうイメージが変わるはずだ。「私のことはハリーとよんでくれ」というセリフがあるが、西川さんのとぼけた言い方と岡田さんのきっぱりとして言い方では、このハリーという人物像がだいぶん変わるというものだ。

主人公青年は物に触ると、そのものからそのモノを持っていたひとの過去の記憶を再現することできる特殊能力を持っているという設定だ。アメリカから帰国する男性の娘から、帰国する男性のアメリカでの生活を読み取って欲しいと依頼されるのだ。果たして帰国する男性はアメリカでどのような生活をしているのか。

帰国する男は映画監督なりたいと子どもと妻をすて単身アメリカの渡ったのだ。その男は映画に関係する仕事をしているというのだが、その男の持ち物から読み取ることが出来る過去は、白衣と病院なのだ。この帰国している男はどのような理由で帰国したのか。主人公の男子は、帰国している男性の娘にプロポーズをしているのだが、このプロポーズは上手くいくのかなど、いくつかの話が展開していく。たいしたストーリーではないとは思うが、おもわず引き込まれてしまった。二作品とも楽しく、思わず涙して見た。キャラメルボックスの作品は、元気をもらえるので好きだ。
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by qzr02421 | 2011-05-27 17:31 | 劇,映画その他

死んだらダメだ

「水平線の歩き方」を見るのは二回目だ。内容は分かっているのだが、細部の記憶が曖昧なので、細部を気に際ながら鑑賞した。母は自分が死んでから今までの自分の息子の人生を聞きたいという。それに答えて男が今まで、自分が歩んできた人生を語るのだ。

母は死んで叔父夫婦に育てられ、小学校の頃は苦手だった球技、その中でラグビーの選手となって、ある電機メーカーの主力選手として活躍することを語るのだ。しかし体が多くのないので怪我が多く、引退をしなければならなくなる。その間、この母は食べてばかりいるのがかわいい演技だった。回想シーンの劇中劇として演じられる手法の、なかなかよい。

母と男の子の関係が濃密に描かれる。母の愛は山よりも深いというところか。どうして死んだ母にこの男は出会うことができたのだろうか。それはこの男が死にかけているからだ。そのようなストーリーを知らなくても、十分楽しむことが出来る作品だと思う。人を思いやることの大切さをもう一度再確認させられた作品だった。

3時にその劇が終わり、30分後の3時半の次の作品がスタートする、その30分で舞台をかえるのだ。高校の文化祭の演劇も15分ほどで入れ替えをするので、珍しいことではないが、商業演劇のセットをかえるのは大変だろうとは思う。次の作品は「ヒア・カムズ・ザ・サン」だ。この二つの作品で共通して出演している人はひとりしかいない。そのひとりの本来は出る予定ではなったが急遽出ることになったのだ。
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by qzr02421 | 2011-05-26 19:26 | 劇,映画その他

大阪へは安価に行ける

久しぶりに大阪に行く、近鉄で行くので割りとお得に行くことができる。安売りショップでアーバンライナーのチケットは3200円前後で購入することができる。往復6400円前後だから、新幹線の片道分で大阪に行くことができるのだ。行きの列車は妻の観察によると8割は女性のグループだそうだ。後は夫婦、男一人は極めて少ないのだ。東京が原発の事故で、地震の心配もある、行くのを遠慮して大阪に行くことのした人々が多いのだろうか。

東京方面は地震の影響がまだあり、自粛ブームのようだ。関西は阪神淡路大震災のときには自粛ブームがあったとは聞かなかったので、東京の人は関西の人とは違った、自粛しやすい体質のような気がする。以前にも書いたが、こういうときはお金を使って、景気をよくするほうがよいと思うのだが、そのようにならないのが関東の特徴なのだろう。

旅の目的は演劇鑑賞だ。名古屋では見ることができない演劇を見るためだ。名古屋飛ばしなのか、関西と関東そして北九州でしかやっていない演劇がある。関西の演劇は、関西弁のパワーがあって、見ていて元気がでるような気がする。東京の演劇は格好が重要なのか、暗い劇が多いようなきもする。知的な東京と人情の大阪ということなのだ。もっとも最初の見た劇は、東京の劇団であるキャラメルボックスの劇だ。

60分の劇を日本上演する形の演劇だ。もちろん一つの作品だけでもよいのだが、二つ見ることにした。最初の作品は「水平線の歩き方」だ。2時の始まり3時の終わるのだ。1時間の劇は見ていた集中しやすい。男が自分の家に帰ってくると、その部屋には15年?前に死んだはずの母がいるのだ。最初は母だということを信じない。自分より年下の母だから、母の死んだ年齢のほうが現在の男の年齢より下なのだ。
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by qzr02421 | 2011-05-25 19:45 | 旅行

元気になる劇が見たい

名古屋演劇鑑賞会、略して名演という劇を鑑賞する団体が名古屋にある。若い頃にはず~と会員として演劇を鑑賞してきたが、何がきっかけだったか忘れたが、止めてしまった。最近、再加入した。見たい劇があったからだ。その劇とは「東京原子力クラブ」だった。マキノノゾミ氏の作品だ。それ以来、見たい劇があるときだけ会員とし手鑑賞することにした。

最近の耳が悪くなったのだろうか、俳優の声が聞こえにくいことがある。小さい劇場つまり300人ほどの劇場ならなんとかなるが、1200人をこえるし収容人数の劇場で、うしろの席だともうだめだ、聞こえにくい。割と聞きやすい俳優さんもいるが、ぜんぜん聞こえない俳優さんもいる。最近はマイクを使用する劇団も増えたような気がする。演劇のよい悪いを評価する前に、俳優の声が聞こえないのが、とても残念だ。

最近見た「リビエールの夏祭り」も席は真ん中くらいだったが、一部聞こえない部分もあった。妻は、私より聞こえにくかったといっていた。この劇は昭和34年?で、満州に出兵した夫が戦死したが、夫とともに経営していたリビエールをという喫茶店を戦後ひとりで経営している女性が主人公だ。戦後14年を経過して、その女性にも恋人ができているのだ。

そこに死んだはずの夫によく似た男性が出現するのだ。女性はこの男性が夫かどうか確かめようとするのだが、この男性は記憶喪失なのだ。デュラスの『かくも長き不在』を底辺している台本だ。映画もあるが、これ以上のストーリーは書かないが、戦争の傷を、心の傷をよく描いた作品だ。傷を描くので、演劇を見た後は、楽しい気分にはなれないのが残念だ。この男はこの女性の夫かどうか、最後まで分からないが、きっと、夫ではないのではないかというのが演劇を見た印象だ。
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by qzr02421 | 2011-05-24 19:47 | 劇,映画その他
問題は解決できるのだろうか。実際には解決できない問題の方が多いのだ。問題を抱えたときには、これからこの問題に関する社会について考えるのだが、答えはみつからないかもしれない、みつからないほうが多いということを最初に意識すべきなのだ。あるいは、問題は解決すべきものではないという言いかともできる。その問題が社会の根本的な、あるいは本質的なもんだいであればあるほど、解決は出来ないのだ。

正しい選択をして幸福になるかどうかはわからない。正しい選択と幸福になるということは関係がない現象なのだ。社会の本質を考えることと、幸福になる選択をするということは違う現象ということだ。間違った選択をしたけれど、その選択とは関係がなく、幸福なるということがあるということであ。

役に立つことと幸福なるというおことも関係がない現象だ。社会のことを知り役になったために不幸になることがあるかもしれない。社会のことを何も知らないでも幸福な人生を歩んでいくことができるかもしらないのだ。役になったり知ることと幸福とは違う現象なのだ。

知識を得ることと学問をすることは同じことではない。社会のことを考えるとは、社会の中を生きながら、それについて考え、考えることによってさらに知るための技術や技法を手に入れていくことなのだ。技法を手に入れることによりさらに社会のことを深く考えることができるようのなるのだ。しかし深く考えることができるようのなったことと幸福と関係がないことが言うまでもないことなのだ。
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by qzr02421 | 2011-05-23 22:20 | 日常

本当のことはわからない

なぜ社会について考えることが重要なことか。人間は一人で生きているのではなく社会の中で他の人々とともに生きているからだという答えがある。これは正しい答えなのだが、社会を考えても人間関係が上手くいくとは限らないという問題がある。社会のことを知ることは鳥の目で上から見ることなのだが、人間関係は地上の問題なのだ。虫の目で見るのが人間関係なのだ。鳥の目を発達させても虫の目は発達はしないのだ。

社会のことを考えるのは役に立つからだという答えもある。では具体的に何の役に立つのだろうか。役に立つためには自分自身が解決しなければならない問題を持っていることが必要だ。問題を抱えていない人は、役に立つ社会の問題がないのだから、実は将来役に立つだろ言うと思われることを学ぶということになる。これでは学習意欲が減少するというものだ。社会のことを考えると楽しいということがある。知ることがよろこびのつながるのだ。よろこびのつながらない人はやはり学習意欲はわかないだろう。

社会のことを考えて本当にわかるのだろうかという疑問もある。あるいは社会のついての問いを、つまり疑問を持つことが第一歩という考え方もある。しかし疑問を持ったりすると、実際の人生をゆっくり、のんびり生きることが出来なくなるという問題もある。何も知らずに生きるのも素敵なことだ。社会のついて考えようとする人は実際の社会や人間関係の何かの問題を抱えていることが多いのではないだろうか。

自分が抱えている問題や課題について考えることが社会について考えるといことなのだ。問題がない人は社会について考えようにも、考える対象がないのだ。
社会のついて考えることは、問題を抱えてからでよいということになってしまう。だったら社会科では何を学ぶのか。社会について考える道具を学ぶのが社会科の目的だと思う。問題を抱えたとき、どのように考えたらよいのかという方法論を獲得することが社会科の目的ということなのだ。
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by qzr02421 | 2011-05-22 20:57 | 日常