本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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幸せなときとは・・・

心臓の手術は胸を20センチほど切り、肋骨を切断する。切断した肋骨をワイヤーというもので固定し、自然に肋骨がもとのようになるまで待つというものだ。そのため5キロ以上、10キロ以上のものを持つと、ワイヤーで固定した肋骨がずれるので、そのような重い荷物を持ってはいけないという。うつぶせもだめとネットには書いてある。入院中に看護師さんに「うつぶせはだめですか」と聞いてみたが、「いいですよ」という答えだった。

それでもネットでは「うつぶせはだめ」といわれた人がいるようだ。どこに真実があるのか。手術して二ヶ月が過ぎたので、10キロの米は持つことができるようになった。だいぶん肋骨も元の状態に戻ったのだろう。実は、うつぶせで本を読むのが好きだったのだが、退院してから、まだ一度もうつぶせで本を読んだことはない。

入院中は仰向けで、本を読んでいたし、今でも仰向けで本を読んでいる。本を読んでいて、憶えておきたい部分や、気になる部分はボールペンなどで線を引くことがおおいのだが、仰向けだと線を引くことができない。うつぶせならメモを取ることもできるのだ。早くうつぶせで本を読みたいものだ。

まだ、疲れるようなので、手術して二ヶ月というのはまだまだ、回復してはいないのだろう。元気なのは気だけなのだ。時間があると、寝て仰向けで本を読むようにしている。最近は寒くなってきたので、布団をきて、そして本を読む。本を読んでいると睡魔が襲ってくる。この睡魔と闘いながら本を読むのが至福ときだ。やがて睡魔に負けて眠りに落ちる、これもまた至福のときなのだ。人間の幸せというのはささいなものということだ。
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by qzr02421 | 2010-09-30 21:29 | 日常

煩悩には本質がない

仏教と近代合理主義と言葉は同じだが、因果という言葉は意味が違う。仏教の場合は「空(くう)」が重要な概念だ。つまり実態や本質は存在してはいないのだ。本質ではなくそこには関係があるだけだという考えだ。本質がないということは、原因がないということだ。関係の中に因果があるということだ。煩悩が悩みの原因というが、煩悩には本質がないので、それは悩みは原因だが、悩みの本質ではないというのだ。

古代ギリシア文明は、物事の本質を探そうとした。その物事の本質をアルケーとよんだ。根源物質という意味だが、西欧の文化の本質は、その本質があると信じて、その本質とは何かを探して、それが原因となって、ある種の結果があると考えるのだ。それに対して、アジア文明、特に仏教は関係の中に因果があるとして、ものの本質を探究しようとなしないし、本質はないという理解をしているのだ。これが「空」なのだ。

「色即是空、空即是色」は「本質は存在せず、存在していなものが本質である」という意味となるのだ。「関係」の中にすべてがある。愛は「愛を語る人」も「愛を語られる人」の中にないのだ。「愛を語る人」も「愛を語られる人」の間、その関係の中に愛が存在する、あるいは存在しないが、愛と呼ばれる関係を形成しているということだろう。

偶然という言葉も、西欧の神の視点では、神の御心の中での行為と理解されるが、仏教の関係の中では、偶然は自由という意味となるようだ。自由はリバティーやフリーダムを明治時代に日本語に訳したものだ。自由の東洋での意味は勝手つまり自由気ままという意味だった。偶然は勝手に何かが起こるという意味ということだろう。何がなく使っている単語も奥が深いのだ。以上『偶然を生きる思想』(野内良三著、NHKブックス)を読んで。
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by qzr02421 | 2010-09-29 21:12 |
歴史は過去に起きた事実を叙述するものだが、過去には無数の事実が存在する。その無数にある事実から歴史家が、その歴史家の関心に基づいて事実をピックアップする。事実と事実の関係は分からないことが多いだろう。過去の人物かその関係を記述した日記を残しておいても、それが真実と証明することは難しいものなのだ。

カルチャーセンターの世界史講座という名前で日本史を話しているのだが、現在は江戸幕府の始まりまで到達した。信長、秀吉そして家康という三人の人物により天下は統一される。信長が天下統一をなぜ始めようとし、どのような天下を望んでいたのかは、彼が本能寺で死んでしまったので分からない。秀吉という人物も、農民出身ということになっているが、よく分からない人物だ。秀吉は策略家ではあるが、策略家に過ぎなかったかもしれない。

天下を望むということを考えたのではなく、その時その時の最善を尽くした天下が取れてしまったという意味だ。誰が吹き込んだのか、明を征服できるなどといわれて、朝鮮出兵を企てる。周りに部下は誰も明が征服できるなどということは考えもしない。秀吉は、真剣に明の征服を考えたのだろう。その時の最善を尽くして、今まで成功してきたのだから、明征服が失敗するわけがないと考えたにちがいない。彼はあまりに失敗体験がなさすぎたのだろう。

江戸に入ると赤穂浪士事件があるが、かつては赤穂義士といっていたのが、浪士に代わっているのだ。この事件も、江戸時代から現代に至るまでいろいろな解釈をされた事件だ。主君浅野がなぜ吉良を切ろうとしたのかよく分からない。塩の製法をめぐる事件というのは近代的な解釈だ。討ち入りする内蔵助たちの動機も分からない。誰でも知っている事件なのだが、奥が深い事件なのだ。この事件しか大規模な敵討ち事件はないのだ。それだけに江戸時代でも珍しい事件だったのだろう。
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by qzr02421 | 2010-09-28 17:11 | 歴史

今不景気なのか?

最近は不景気なのか、景気がよいのかよく分からない。昼のランチなどは結構混雑している。それでもデパートの人では少ないような気がする。混雑しているのは物産展くらいだろう。人気のある物産展は、北海道物産展、京都物産展そして大九州物産展だろう。九州に大がついているのは、北海道はどこまで行っても北海道だが、九州は県を越えることができるからだろうか。

奈良は奈良遷都してから1300年ということで、奈良人気だが、奈良物産展というは人気がないようだ。奈良にはおいしい食べ物がない奈良県の人が自ら言っていた。京都には名産がたくさんあるのは、長い間都だったからだろか。都というのは地方からさまざまな物産が入っているから、その物産などから京都名物ができたのだろか。奈良のお菓子といえば三笠焼きなどしか思い出せない。あとは柿の葉寿司くらいだ。

京都には京都のおばんざい、京都銘菓などたくさんある。たくさんありすぎて名前がでてこない。京都駅にはみやげ物売り場が乱立している。結構繁盛しているようだ。奈良に葉猿沢の池周辺などに昔ながらのこじんまりしたみやげ物売り場があるが、閉まっていたりする。京都は景気がよく見えるが、奈良に行くと景気が悪く見える。

景気が悪いとき何を節約するのかというとき、そのベスト3として衣服、食費そして交際費があげられる。衣服は破れなければ何年も着ることができるので、節約候補第一だ。食費は外食費をまず削るのだろう。あとは特価の食材を探すのだろう。交際費は飲み代だろうか。景気は持ちなおしているという説と踊り場にあるという説があるらしい。外交でも右往左往して、経済対策でも右往左往しているのが現状のように感じる。
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by qzr02421 | 2010-09-27 20:08 | 日常
アメリカの食生活改善のための8つの指針だが、パンが白いほど早く死ぬというのは、白いパンは精白小麦粉を使用しているので、栄養がないという考えだ。白米より玄米の方がビタミンなどがあるという考えと同じだろう。ブドウ糖を取るだけのパンというより、栄養を取るためのパンという発想のようだ。低脂肪・無脂肪食品は健康的な感じがするが、脂肪を取り除くと味が落ちるので糖分や添加物で味を調整しているので、健康的ではないという理論だ。低脂肪・無脂肪食品はニセモノ食品という認識となるのだ。

牛やブタのような4本足より鶏のような2本足、さらにはきのこのような1本足の食材を食べようというのだが、動物から植物に変化しているのがミソだろう。大型の魚を避けるというのはアメリカならではの発想だろうか、クジラやマグロなどの大型の魚は乱獲で絶滅しそうだからというのだ。もっとも大型の魚の方が水銀含有量が多いということもあるらしい。サバやイワシなどを食べようと提起している。フェイク食品というのは「もどき」商品のことだ。バターもどきのマーガリンを食べるのをやめよう当話だが、大豆に作った
肉もどきなどはヘルシーでよいような気がするが、アメリカは本物志向・嗜好なのかもしれない。

牛乳の色が変わるシリアルというのは、なんとなく分かるだろう。飲むと舌の色が変わる食品というものはある。着色料や砂糖・塩分の取りすぎに注意ということだ。アメリカ人はシリアルが好きそうだからとくに注意がいるのだろう。ドライブスルーで買うことができる食品はジャンクフードだろうからやめようということだが、それだけアメリカ人はジャンクフードを食べているのだ。旅行に行くとたまにマックで朝マックを買うことがあるが、日常生活ではほとんどマックを食べることがない私の食生活は変わっているのだろうか。

商品名が万国共通の食品は食べないというのは、万国共通の食品というのはビッグマック、チキンナゲットなどだろうが、ジャンクフードを食べないでよいのではないか。万国共通の食べ物というのはどのようなものがあるのか、知らべたいものだ。最後におかわりしないというのは食べる量をコントロールしなさいということだ。皿には適度な量の盛り、それでやめようということだ。旅行中でバイキングだと、食べ過ぎるので、これは心に刻むことが必要な言葉だ。アメリカならではのものもあれば、日本でも適用できるもののある。健康でおいしいものを少し食べる、塩分・糖分などは控えるということは重要なことだろう。
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by qzr02421 | 2010-09-25 20:36 | 日常

片手で食べる食材

アメリカでは、低所得層を中心としてジャンクフードなどを食べるという悲惨な食生活ということだ。三食がマックということもあるのだろう。日本では休日の朝にマックに行くと、小さい子どもをつれた家族が目立つ。たまの日曜だからマックで朝食で、家事の大変さを和らげようということならよいが、日本の低所得層もアメリカと同じ状況になっているのだろうか。

パンとおにぎりと比べれば、パンの方がカロリーが高いのだろう。昔ながらのおにぎりが健康にはよいと思う。ただし、コンビニのおにぎりは長時間保存するために、添加物が入っているから、たまに食べるのはよいが、毎日ではよくないのだろう。コンビニ弁当にご飯も添加物が入っているようだ。添加物を心配したら生活ができないが、なるべく取らないほうがよいのだ。

アメリカでは片手で食べることができる食品に人気があるという。運転しながら、パソコンをしながら、何かをしながら食べるという食生活だからだそうだ。そういう意味でチキンナゲットが人気だそうだ。マックナゲットの原材料は38種類なのだが、そのうち13種類はトウモロコシ由来のもので、肉を食べているつもりでトウモロコシを食べているという不思議な現象がおきているのだ。

アメリカでは、食生活改善のための8つの指針があるそうで、「パンは白いほど早く死ぬ」、「低脂肪・無脂肪の食品は食べない」、「四本足より二本足、日本足より一本足」、「大型の魚は避ける」、「フェイク食品は食べない」、「牛乳の色が変わるようなシリアルは食べない」、「ドライブスルーで買えるものは食べない」、「商品名が万国共通のものは食べない」、
最後が「おかわりはしない」だそうだ。なかなか面白い指針だと思う。
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by qzr02421 | 2010-09-24 20:36 | 日常

雷は嫌いだ

朝5時ごろから散歩をしているのだが、これが退院してから、一日を休んだことがないのだ。雨らしい雨は、ほとんど降っていない、一回だけ途中で傘をさしたことがあるだけだ。雨がないということを実感しているのだが、今日は30分歩いたところで雨が降ってきた。雨が降っても歩くことができるが、雷は怖いものだ。健康のために散歩をしていて、雷に遭遇したら、それは意味がないの。で、途中で引き返した。初めてのこととだ。

帰宅したら、雷と雨になった。ベランダからも雷が走るところが観察できる。ピッカとい鳴った瞬間ゴロゴロだから、相当近い。変電所に落ちたようで、地下鉄名城線が15分ほど不通になったとのことだ。この雨を境に一気に空気がかわり、寒くなった。自然というのはすごいものだ。人間が何か工夫するよりすごいエネルギーを持っているということだ。人間が自然を守らなければなどというのはおこがましいような気がした。人間が自然に守られているのだ。自然に挑むのではなく、自然と共生することを考えたほうがよいのだ。

雨模様の天気なので、雷が静かになったので、パソコンのソフトを入れることにした。最近のパソコン、昔からかもしれないが、映画を見ようとすると、映画を見るためのソフトを入れないといけないらしい。ウインドウズについているメディアプレイヤーではだめらしいので、サイバーリンクパワーDVDをネットで購入してダウンロードしようとしたら、これがダウンロードはできるのだが、このソフトをパソコンが受け付けないのだ。

パソコンは壊れはしないが、うまくいかないときは何をしてよいのか分からない、何度か挑戦したのだがうまくいかない。最近のパソコンは賢い、開発した人が賢いのだろうが、二週間ほど前の状態に戻すことができるのだ。二週間まで入っていて、今は消去してないソフトが復元するのだ。消したものが、復活するのだ。この消したソフトと入れようとするものが関係するのだ。結局、その作業で映画を見ることができるソフトを入れることができたが、いつもこのようにうまくいくとは限らないのがパソコンなのだ、ある意味パソコンと人生は似ているかもしれない。
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by qzr02421 | 2010-09-23 22:01 | 日常

了見になること

カンガルーという言葉はアボリジニー語で「私は知らない」という意味だそうだ。探検隊がカンガルーを見て、アボリジニーに、あの動物はどういう名前がと聞いたら、「私は知らない」つまりカンガルーという答えとなり、その動物はカンガルーという名前となったのだ。名前の由来というのはそのようなものなのだろう。

言葉というのは誤解されやすいというのが基本原則なのだ。誤解されないように、さまざまな回線で相手に伝いようとするのだ。言語と非言語で伝えるのだ。非言語というのは言語以外の要素、ボディーランゲージなどで自分の言いたいことを相手に伝えようとするのだ。目配せなどは意味深な非言語だろう。言葉はメッセージしか伝えないが、メッセージの裏には、感情があるのだ。その感情を伝えるのが非言語の役割だ。「今夜どう」とメッセージがあっても、この言葉だけでは何がどうなのか分からない。手の飲むしぐさをしながら「今夜どう」なら、この言葉が意味することができる。飲みに誘われたのだ。その誘いに乗るかどうかは、財布と家庭の事情を考えて判断し、答えを出すのだ

マクルハーンは「メディアはメッセージ」だと言ったということだ。新聞や人が言ったことは、バイアスがかかっているが、テレビなどは、伝えたいことがそのまま伝わるということだ。かつて佐藤首相が、新聞記者は出て行ってくれ、テレビの前で話すからと言って、新聞記者を追い出したこと思い出す。新聞は新聞記者というバイアスがあるので、言いたいことが素直に伝わらないが、テレビではメッセージ以外の部分も伝えることができるのだ。

落語も体全体で伝えるメッセージだ。落語を上手にやることは「その了見になること」だという。了見という言葉は使うのは簡単だが内容は難しいものだ。無駄な部分があって、全体が分かるということは、無駄な部分の重要性があるということだ。メッセージを正確に伝えるためには無駄な部分と思われる部分が実はとても重要なのだ。最近はその重要さが理解されずに、重要と思われることのみが取り上げられるが、無駄なことの中に真実があるということを理解することが大切なのだ。
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by qzr02421 | 2010-09-22 21:48 | 日常
それでは、秀吉ではなく家康を見てみよう。関ヶ原の戦いで勝利した家康は、西軍の大名の領地・石高の632万石を没収し(全国の石高が1800万石)東軍の大名の気前よく分配した。この分配のより家康がケチという評判は消え、大切な所ではものを惜しまない立派の人物という評判となった。その一方で天領を増やし、さらには譜代大名の加増もきちんとおこなった。

家康は城下町のみ繁栄するという政策をとらず、日本の隅々の農村まで都市の豊な暮らしを広めていくという方針をもった。そのため租税を7公4民から4公6民とし、村方三役により農村の自治を尊重した。その上で、幕府や諸藩は農地開発や手工業の育成の力をいれ、農村を富ませようとしたのだ。

五街道の整備などで農村と城下町、諸藩などを結びつけることにより、流通を確保したのだ。国内の平和と産業の育成を重視するため、貿易の利益をあきらめ、海外進出による余計な外国との争いを避けたのだ。当時としてはそれなりに賢明な政策だったと考えることができる。それでも当時は国内で入手が困難だった生糸や砂糖などは長崎出島などを通して輸入するという方法をとったのだ。

江戸幕府は約260年続くことになる。江戸幕府を倒した明治政府は、幕府の政治体制の悪いところをしめさないと政権が維持できなかった。その歴史観によって、江戸時代は封建的な政治体制で、民衆は租税の重さに苦しんだというイメージとなった。最近はエコロジーブームで自給自足の江戸時代とはなっているが、約260年続く江戸時代と今一度見直すことが必要だと思う。また『関ヶ原誰が大合戦を仕掛けたか』(武光誠著)を読んで。
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by qzr02421 | 2010-09-21 20:35 |

天下を取るのは誰か

久しぶりに秀吉の話を続けることにする。彼の政策は貿易で利益をあげ、その利益を大盤振る舞いすることにより、政権を安泰なものにしようとするもので、自国の産業を育成するという視点がかけていた。これに対して家康は地道に自国の産業を育成し、倹約に努め将来のための軍事費として溜め込んだのだろう。秀吉一派はこのような繁栄が永久に続くと思ったにちがいない。秀吉政権は庶民に支えられた政権ではなかったのだ。

秀吉政権の時代の租税は七公三民だった。さらに刀狩によって、戦場にでて武士になる機会も失われた。また、二度の朝鮮出兵で海外に領地を拡大し、貿易の利益を拡大し、支配層の新たな利益をあたえることによって、自らの指導力を高めようとした。そのもくろみも第一次朝鮮出兵の勝利のよって実現するかに見えた。しかし両班層と農民の抵抗、されには明の介入によって、そのもくろみは実現せず、第二次朝鮮出兵がおこなわれた。

秀吉は大名が朝鮮出兵をしている時に、その領地を奪うということをしている。とくに九州で秀吉の領地が拡大している。秀吉の領地を太閤蔵入地というが、たとえば加藤清正領地のうち、三万石が太閤蔵入地となった。加藤領の中でも海岸部の水上交通に適した土地が秀吉のものになったのだ。大友の領地も、戦線放棄理由に改易され太閤蔵入地となった。

秀吉の政権は、彼の人脈につながるものを中心として展開した。そしてその人脈の人々がおものまま国政を動かしたのだ。それが石田三成だった。このような時の秀吉は没するのだ。1598年のことだった。この2年後の関ヶ原の戦いが起こるのだ。関ヶ原に集まった大名は、自家の勢力拡大のために戦おうという利己的な考えだったろう。東軍の構成大名は利己的な考えとともに、次ぎの天下人は家康という意識があった。それに対して、西軍を構成する大名は誰を天下人にするのかというプランがなかった。次の天下人は三成、毛利、秀頼のどれにしようという意識がなかったのだ。ここに東軍有利の情勢が生まれてくる。さらに『関ヶ原誰が大合戦を仕掛けたか』(武光誠著)を読んで。」
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by qzr02421 | 2010-09-20 19:38 |