本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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タイムパラドックス

『つばき、時跳び』は、今年の夏、東京で、キャラメルボックスが上演するのだが、今年の夏に東京に行くことができないので、本だけ読んだのだ。昨年の夏は北海道や東京へ行って博物館・美術館に行くことができたのだが、今年は入院をするので、夏がないというのが現実だ。

小説の話だが、主人公の男性がある熊本の古い屋敷に来るところから話がはじまる。この屋敷には女性の幽霊がでるとうのだ。その幽霊は実が、幕末のつばきなのだ。この時代からタイムトラベルした人物が、その屋敷設置した金属の棒が、つばきを幽霊として現在に出現させたのだ。そのタイムトラベルの人物は、その金属の効力がある一定の期間しかないので、未来の引き戻されたという設定だが、そらならつばきがなぜ、現代にあられるのかがよくわからない。

タイムトラベルものは、そのようなおかしな点があるものだろう。最初はつばきが、主人公の努力によって?現在に来る。現在の熊本を見て、びっくりしたりする。ここでつばきと主人公が恋におちる。恋愛は主題かどうかはよくわからないくらい、淡い恋だ。過去につばきが帰るので、今度は主人公の男性が幕末に行く。未来と過去の服装がちがうので、その時代に合わせるところの描写が楽しい。とくに、女性が、つまりつばきが現在の服装になる描写がよい。

主人公が未来の帰り、その金属の棒もなくなり、過去に行く手段がなくなるという状態になり・・・この小説をどのように演劇にするのかはとても興味がある。過去と現在の熊本をどう表現するのか、実際はないものを、あるように見せるのか、見たいな~、しかし今年の夏は我慢なのだ。
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by qzr02421 | 2010-07-31 16:35 |

未?来は変わるのか?

タイムマシンを利用して過去や未来に行きたいと思うのは、誰しもが夢見ることだろうが、現実そのような機械ができるのかは不明だ。物理学では不可能と考えられているようだが、それは現在の物理学の話だから、未来の物理学では実現可能ということがあるのかもしれない。もし、タイムマシンが出来たら、タイムパラドックスがどう解決されるかが興味がある。

未来から来た人が、過去を変えたらどうなるのかという疑問だが、過去を変えようとしても、結局変わらないとか、つじつまがあうように未来が変わるとかが考えられる。バックツザフューチャーでは、過去を変えると、未来が変わっていくという設定になっている。過去を変えたら、未来が変わるというのが筋だろう。未来が確定している考えることがへんなこと気がする。未来は確定はしていないものだろう。
 
『つばき、時跳び』を読んだ。クロノスジョンターの伝説を書いた人の本だ。今回はギョウギョウシイ機械は登場しない。金属の棒がタイムトラベルの機械のようだが、構造はさっぱりわからないが、ある屋敷に設置されているので、その屋敷を一歩でも出ると、現在に戻るという設定が面白いし、その金属をかばんに入れて携帯すると、過去にとどまることが出来るし、また、その金属は昇華するようで、かばんの中の金属がなくなると、未来に弾き飛ばされるのだ。

この話は、つばきという女性、封建的な時代の女性と、現代の平等思考の男性が知り合い、恋に落ちるというものだ。舞台が熊本なのだが、幕末と現在の熊本を、二人の目で比較しているのが楽しい、過去にあったものが未来にも、この未来が現在だが、残っていると、二人が、現在にもあると感動するところがよい。未来が変わるかもしれないが、変わらない未来もあるということは筆者が言いたいのだろか。
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by qzr02421 | 2010-07-31 09:02 |

江戸時代はエコ時代か?

秀吉の次は当然家康、そして江戸時代だ。江戸時代はエコ時代みたいだが、人権思想とからめて考えてみたい。16世紀はルイス・フロイスが書いているが、日本では人殺しは普通のこととだったらしい。17世紀に入り、江戸時代になっても、人殺しは普通のことのようだ。これは時代劇などで、粗相をした奉公人に対して、主人が手打ちにしてくれるなどという言葉をかけることからも、そのようなことがあったのだろう。また辻斬り、試し切りなどもあったようだ。

古文書にも使用人が盗みを働いた場合、主人の馬の口を取って供した帰りに、主人の馬にこっそり乗った場合、主人の供に出て、主人とはぐれた場合など全て死刑とするというものがあるそうだ。主人の機嫌を損ねても死罪ともあるとのことだ。

農家から供のものの補給ができる時期には、容易に人の補充が可能なので、使用人に対して厳しい措置がなされたのだろう。戦国時代は合戦で死に、江戸時代初期も主人の機嫌を損ねて死ぬということだ。一方江戸初期は土木と普請の時代でもある。そこで働く人々も、命をかけて働いたようだ。鉱山での労働は死と隣りあわせだ。

18世紀の近づくとそのような人殺しの風潮は止むようだ。ケンペルは日本でも刑死者の少ないということを記している。ケンペルはドイツ人で30年戦争直後に生まれている。ドイツのこの頃の、戦乱の荒廃と日本の平和な様子を比較しているのだろう。この平和な状況と関係があるのが生類哀れみの令だということだ。
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by qzr02421 | 2010-07-26 20:14 | 歴史
秀吉のまとめをさらに続ける。秀吉にとって朝鮮出兵はどのような意味があったのか。朝鮮や中国をどのようにとらえていたのか。本当の中国を征服して、当時の三国(インドは征服するのだろうか。三国というのは日本、中国、インドのこととする)を支配しようとしたのか。朝鮮出兵をしたとき、加藤清正などは、朝鮮は日本より広くて、支配が難しいといっているようだ。

第一次朝鮮出兵つまり文禄の役では今の北朝鮮まで征服した。この征服を明治時代には朝鮮支配の前例としたのだ。当時は王朝国家なので、王朝を倒せば、その地は支配が可能なのだろうが、朝鮮の両班とくに党争に破れ在地いた層が農民とともに、日本支配に抵抗した。それと日本の支配政策の過激さもあり、朝鮮から退却せざるをえないこととなるようだ。

恩賞を、土地を与えるという形での戦争、国家統一という方法がソフトランディングすることは難しいことなのだろう。ソフトランディングに巻き込まれた朝鮮は気の毒だが、この戦争を経ることにより、鎖国を国是(最近は鎖国という言葉を使わなくなったようだ)とする徳川時代をむかえることとなる。

朝鮮国内は日本と中国の支配で、また戦乱で国土は荒廃したようだ。後の時代の日清戦争と同じ状況に思える。日本の侵略に対して、中国の援助を請うというもの、中国軍の食糧、さらには勝利したときの御礼など考えると、簡単に援助を要請するわけにはいかないだろう。結局朝鮮人みずからが戦い、勝利を勝ち取るというのがよい方法だと思う。他国に援助を要請するという危険を考えることが必要なのだ。以上の参考文献は『豊臣秀吉』(小和田哲夫著、中公新書)だった。
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by qzr02421 | 2010-07-25 20:28 | 歴史
秀吉のまとめを続ける。秀吉は28歳まではよく分からないらしい。前半生は謎につつまれているからこそ、いろいろな伝説が生まれるのだろう。28歳までの事績が古文書や記録に出てこないので、その事績を証明することができないのだ。父は死んで(7歳のとき)、夫を失った大政所(名前は於仲、おなかというらしい)は筑阿弥と再婚、この継父と上手くいかず、折檻されので、光明寺に入れられた(8歳のとき)という。

この寺の生活は秀吉にあわないので、彼は寺で悪さなどして、仏像壊した下という伝説だ。光明寺を追い出され家に帰される。この後しばらく放浪したことになっている。いくつかの職業を転々とし、また家に帰ってくる。これが15歳のとき。また家を出て、木綿針を売りながら東海道を東へ下る。このときの伝説が矢作川にかかる橋の上で蜂須賀小六と出会いのだが、この時代橋はないらしいので、橋の上で出会うということがないらしい。

蜂須賀家はこの伝説で泥棒のように描かれているが、実は蜂須賀郷の土豪なのだ。実際は蜂須賀氏とは出会わずに、松下加兵衛という人物に仕えたという。一生懸命仕えたのが、同輩から嫌われ、いじめにあい、ここから出奔し、終わりに戻り結局最後は信長に仕えることとなるらしいのだ。草履取りなどの伝説、墨俣一夜城伝説(真実かどうか不明らしい)、浅井長政の謀反のとき殿をつとめたなどの業績をあげ、信長の家臣として頭角をあらわしてくる。

中国攻め、高松の水攻め、本能寺で信長が殺され、そして山崎の戦いで光秀を破り、清洲会議でトップに躍り出た。その後柴田勝家を破り、家康との小牧長久手の戦いを経て、ついに天下人となる。小牧長久手ではバトルでは家康が勝ち、ウォーでは秀吉が勝ったという。秀吉の信長と同じ平氏を名乗っているが、源氏に変えようとしたが、上手くいかず、結局、藤原姓となり関白になり、天下を統一したということになっている。
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by qzr02421 | 2010-07-24 19:17 | 歴史

歴史は分からないものだ

カルチャースクールで信長を扱った。次は秀吉なので、すこしまとめてみた。ところで秀吉は庶民に人気がある。今太閤などといわれる政治家もいるほどだ。秀吉の人気はその庶民性にある。庶民性というより庶民出身である、下克上の代表でもある。権力についてあとでも、庶民として振舞ったという。信長が万人恐怖状態であったのとは裏表の関係だ。さらに明るい性格ともいわれている。陽気な庶民性というのが最大の魅力だったというわけだ。

頼朝、尊氏、信長そして家康と比較しても、その陽気な性格は特徴的だろう。陽気であるとともに人気があるのは、庶民からトントンと出世し、太閤にまでなったことだ。明治時代になって立身出世、立志型の青年にも秀吉は理想像としてうつったのかもしれない。太閤記をよんでも、自分らしく生きたという描かれかたをすることが多い、それも魅力の一つなのだろう。

豊臣家が大坂の陣で滅びたことも人気のひとつだろう。秀吉が義経で家康が頼朝という役回りを演じている。徳川時代の閉塞感からすると、秀吉の時代に憧れるということもあるのだろう、それが下克上の戦乱の世の中であったもだが。秀吉は生前に自分の伝記をまとめさせている。それが『天正記』である。秀吉が生きているときに書かれたということで、江戸時代に書かれたものより虚構は少ないだろう。

秀吉の出生からして分かったようで、実はよく分かっていない。秀吉の父は木下弥右衛門であり、あれは織田信秀の鉄砲足軽ということになっている。しかし信秀の時代に鉄砲足軽がいたとは考えられないのだ。木下という姓を名のっていたかどうかも分からない。秀吉後胤説というものある。日輪受胎伝説もある。この伝説は朝鮮出兵と関係があるらしい。水のみ百姓という説、非農業民であるという説、名主百姓であるという説などもある。
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by qzr02421 | 2010-07-23 15:58 | 歴史

なんとも言えない映画

「パリ20区、僕たちのクラス」を名演会館で上映中だ。ドキュメンタリーに見えるけれど、実はストーリがあるという映画だ。確かにドキュメンタリーのように見える。パリ20区にある中学校でのある教室が舞台だ。中学生に見えない、まるで高校生のようだ。

手をあげて、自分の言葉で話し、疑問の思ったことを口にするのは、日本の教育現場とはちがう。日本の生徒は間違ったこと、あるいは間違ったと思われることを言うのが恥だと思っているようだ。パリの中学校では間違っていようが、ともかく自分の意見を言うのだ。文化の違いなのだろう。

24人の生徒が登場するが、黒人といっても、アフリカ系、プエルトリコ系、モロッコ系など多様だ。中国系のフランス人もいる。白人らしい生徒もいる。アフリカ系の生徒はなんとかフランス語を話すことができるが、その母親はフランス語は話すことができない。24人の中学生で、ドキュメンタリー風の撮影で、教室でも1年を撮ったということだが、あとからパンフを見て、この子は誰?という子がいるのはどうしてか。映画にしても24人の生徒が登場すると、問題のある子、成績がよい子などが目立ってしまうのだろうか。

スレイマンという黒人の生徒が登場する。結局勉強が嫌いで、暴力行為が原因で退学になる。この生徒は最初から目立っていた。教室でふんぞり返っているからだ。大人しい生徒は印象に残らない。成績がよい少女エスメラルダも、教師に対して反抗的な態度をとるので、これも印象残る。この少女は最後にこの一年で覚えていることはという教師の問に「プラトンの『国家』と答え、内容を問われ、ソクラテスの問答法と無知の知のついて語る。反抗的だが、それなりに世の中を考えているということか。子どももそれなりの一生懸命生きようとしているが、大人である教師は今ひとつ絡まないということが分かる。子どもたちの表情がよい、教師役のフランソワも人間味があってよかった。なんとも言えない映画というのが感想だ。
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by qzr02421 | 2010-07-22 20:22 | 劇,映画その他

暑い夏がやってきた

突然夏がやってきた。突然最高気温が35度を超える。息をするのも、深呼吸のようなかんじだ。空は青い、太陽が直接当る感じだ。日陰が恋しい。自転車での移動は日陰を探しながらということになる。日陰がないと、そこには地獄が待っている。昨年よりもずいぶん早く梅雨があけ、今年の夏が来た。それでも、湿り気がない分、暑い!というだけですんでいるようだ。

暑いときには、美味しいものを食べ、水分を取ることが大切だ。美味しいものといえば何だろう。寿司、トンカツ、カツ丼、鰻丼、牡蠣フライなども食べたいものだ。あるいはあっさりと素麺、冷麦、冷麺などもよい。冷たく冷やしたスイカもよいものだ。食欲がなくならないように、栄養をとることが夏を乗り切る秘訣だろう。

食べたいときに、食べるということがよいのかもしれない。これを食べたいと思ったら、即刻食べることが大切だろう。お酒を飲みながら、サラダを食べ、冷奴というのもよいものだ。あるいは、ビールを飲みながら、トンカツというのもよい。料理をしていても、汗がでる。料理は短時間ですむものがよいだろう。夏は、出来合いのものを食べるというのも良いと思う。

暑い午後は、温水プールで、歩くという健康法もある。名古屋市のスポーツ施設は、プールは500円だ。施設に入るだけなら、無料だ。無料で涼しい場所に入ることができるのだ。図書館もよいが、スポーツ施設の方が、門戸開放のような気がする。暑い夏は公共の施設を利用して、出来合いのものを食べ、健康管理に気をつけるのが一番だ。
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by qzr02421 | 2010-07-21 19:17 | 日常
消費税の税率を菅総理大臣があげる論議をするという発言があったから、民主党は敗北したという説があるが、同じ時期に自民党も消費税率を上げると言っていたのだから、自民党が勝利したというもの変な話だ。変といえば、もともと消費税アップは自民党が提案して、それを菅総理大臣が頂いたというのが本筋だろう。

マスコミは、今までは消費税率アップに反対していたが、最近は消費税率をあげることという論議に積極的になったような気がする。論議をするということ、話し合うということは、日本においては、それを実施するための根回しの一種といってよいのではないか。論議をするのはいいではないかというのは西欧の考えだろう。日本では論議は、それが成立するということなのだ。

犯罪では、犯人は一番得をする人間と決まっている。消費税率を上げて、一番得をするのは誰か。これは赤字財政の健全化とは違う次元で考える必要があることだ。消費税というの輸出する製品には課税されないし、課税されないどころか、消費税がかかったと考えれる分、国からお金が戻ってくるということだ。これはヨーロッパでも同じで、輸出産業を救済し、国際競争力を高めるための措置だそうだ。この輸出産業にとっては、消費税率アップは美味しい話だ。

消費税は消費者が払って、それを預かった業者が国に支払うという間接税という説明が一般的だが、実態は中小業者は弱い立場なので、消費税分を消費者からとることができなくて、自腹を切っているという話もある。大企業はしっかり消費税を消費者から取ることができ、また大企業は輸出もしていて、国からその分の還付もあるというだ。諸費税のしくみも複雑さが原因のようだ。赤字財政解消で消費税率アップという論議には、何か裏があるということを理解した方が良いような気がする。以上『消費税のカラクリ』斉藤貴男著からだ。
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by qzr02421 | 2010-07-20 19:31 |
片岡球子といえば富士山、赤い富士山というイメージがある。元気な赤を使って、元気に絵を描くおばさんというイメージもある。今、名古屋の松坂屋で片岡球子展をやっているが、珍しいことに富士山はないのだ。ヨーロッパで描いた絵などが中心となっている。最初に、迎えてくれるのが彼女の自画像だ。

自画像を描く人が多いが、そのまま描くといっても、自分の顔は描きやすそうで、あるいは描くにくいような気がする。自分の顔をどのように描くかで、その絵を描く人の品性があらわれるような気がする。そのまま描くというのは、そのままというのが、とても難しいことだと思う。そのまま・・・

片岡球子さんの自画像は、暗いようだ。妻は、彼女の自画像を見て、「片岡さんは、劣等感を持っていた人」といった。なぜなら、私も劣等感を持っているから、自分が自画像を描くなら、このような顔に描くということだった。そう妻に言われたので、今一度、片岡さんの自画像を見たが、よく分からない。妻が言うには、劣等感を持ったことがないあなたには分からないのよという冷たい宣告だった。

二人で、片岡さんの絵画を鑑賞した。妻は暗い絵が多いというが、私には暗いという感じを持つことができなかった。それより、この絵画はどこの美術館の所蔵かが気になった。その美術館所蔵ということは、その美術館の学芸員が、その館の予算で購入したということだ。その美術館の学芸員の力量や好みがわかるというものだ。絵は売れなければならないが、売れない絵も多いはずだ。個人も絵を購入するだろうが、予算がある美術館がお得意さんだろう。どこの美術館所蔵かという絵画の見方も、また違った見方で面白い見方だと思っている。
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by qzr02421 | 2010-07-19 14:28 | 劇,映画その他