本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

<   2009年 12月 ( 33 )   > この月の画像一覧

今年も終る。別に終って何が変わるわけもないが、ただいろいろのことの締め切りが早かったり、帰省ラッシュのニュースとかがあるだけだ。12月が終り、1月がくるだけだ。ただそれだけのことだ。仕事上、年度末の3月のほうが1年が終ったという感じがする。

12月末のこの寒さで1月を迎える気持ちと、3月末の桜が咲こうというとき4月を迎えるときの気持ちが違うようにも思う。寒い中の1月は身が引き締まる。桜を見ながらの4月は希望を感じる。二度新しい年を迎えるというのもそれはそれでよいものだ。

クリスマス前寒波に続いて、正月寒波が来るという天気予報もある。名古屋も雪の予報が出ている。雪も正月も風情はあるが、帰省で交通機関が乱れなければよいと思うだけだ。今年はどんな年だったと聞かれたら、何と答えよう。よかった、まあよかった、ふつう、あまりよくなかった、よかったのどれだろうか。

聞かれたら、やはり「よかった」と答えよう。きっと来年も「よい年に」なるだろう。希望を持って明日に進むことが必要だ。明日の進むことが希望を生むともいえる、一歩、一歩明日に向かって進んでいこう!。
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-31 14:55 | 日常

それも出来ない現実

『皇室誕生』では戦後内閣を組織した東久邇宮稔彦王がパリからの帰国を嫌がり、皇室から出たい、軍人も辞めたいと困った問題を起こし、大正天皇が死去してもすぐには帰国しなかったという話が印象的だった。パリの愛人がいたという説もあるらしいが、皇室での何らかの争いの結果という説もあるらしい。長生きな人で1990年102歳で死去したのだ。

また明治時代に新しくできた皇室というものと明治政府との対立、皇室が自分の身分を守ろうとした、皇族の男子は軍人となり、軍人以外だと失敗したとき皇室の権威が失墜する可能性があるからだとか、考えたことがない話も印象的だった。皇族も結構大変だったのだろう。

軍隊でも皇族ということ特別視されたり、昇進が早かったり、ただ海軍は昇進すると一双に軍艦の指揮をしなくてはならないので、陸軍とはちがいそれなりの訓練と実績がないと昇進しなかったらしい。陸軍は大将になっても、部下が優秀だと、なんとか作戦は上手くいくということだ。

皇族が軍人とした戦争に行った、しかしその戦地は激戦のあった地ではい。皇族ということで軍隊にも遠慮があったのだろうか。軍隊でも生活も一般の軍人と同じようで同じでない。同じにして欲しいという皇族の要求はあったようだが、それも出来ない現実もあったのだろう。皇族が死んだりしたら、責任を問われるからだろう。
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-30 12:26 |

ますおとしとは何か?

「ますおとし」という本を買って欲しいと頼まれた。「ますおとし」とは何だ。むかしは、「ますおとし」というやり方で、ネズミを取ったらしい。どんなものか、見て見たい。文章を読むと次のように書いてある。ますをふせた中にえさを入れ、縁に棒をつっかえにして、ネズミが入るようにする。

そして、そこに、ネズミが餌を食べに入る。そうすると棒がたおれて、ネズミの上にますがかぶって、出られなくなるというしかけのことだそうだ。江戸の小話に次のようなものがある。あるおすおとしに、ネズミが一ぴきかかる。尾っぽだけ見える。ネズミが取れたので家の人がみんなやってくる。誰かがこの尾に太さだと大きなネズミだ。すると他の人が尻尾の太さではネズミの大きさはわからない、きっと小さいネズミだと言う。ネズミが多いの小さいのと争っていると、枡の中からネズミが言うそうだ。「ちゅう、中、中」とという話だ。

その「ますおとし」という本らしい。漢字で書くと「舛落とし」だろう。県図書の蔵書賢作で調べると山本周五郎原作の本ということがわかる。しかし県図書は全集の中のひとつなのだ。購入しようとしたら文庫本がよいだろう。山本周五郎の文庫の何と言う本に入っているのか分からない。アマゾンで検索すると出てこない。分からないのだ。

ヤフーで検索すると「深川安楽亭」という本の中にあるらしいことが分かった。しかし、どんな話なのだろうか。時代物のようだ。いちおうアマゾンで注文したが、年内に来るだろうか。
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-29 20:31 |

いまはずっとは続かない

今あることが、ずっと以前からあるように感じるが、それは人間の誤解というものだろう。子どもの頃には冷蔵庫もテレビも洗濯機もなかった。いまそれらのものがないなんということは想像できない。江戸時代には宮家は四つしかなかったが、明治時代以降激増したのだ。

明治時代は国民国家となり、その国民国家は天皇を中心とした。天皇、宮家の財政には税金が使われるようのなった。天皇中心といいながら、多くの宮家ができると財政的には大変な状況になることが予想された。宮家の創設については伊藤博文を中心として消極的だった。それに反して宮家が激増したのはなぜだろう。

浅見雅男著「皇族誕生」(角川書店)で、その激増の理由を万世1系の皇統を絶やさないためとしている。明治天皇には10人の妻(正室、側室)がいたが、天皇の妻との間の子の多くは死去している。成人したのは大正天皇と竹田王妃のみだ。妻の二人は母子ともに死去している。

歴史的には平安時代の桓武天皇なども万世一系の皇統を絶やさないことを意識したようだ。奈良時代の天武系の称徳天皇は女性であり、かつ子がなく、天武系は絶え、天智系が復活したとされている。万世一系を意識し、子どもを多くつくることに桓武天皇は努力したのだ。桓武以降の天皇もそれを意識したのだろう。ということで子どもが多く生まれ、桓武平氏、清和源氏が出現するのだ。武士の源流を作ったのが万世一系という意識ということになる。
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-29 12:31 |

地球のはらぺこを救え!

少年少女合唱団地球組の創立10周年記念コンサートに行った。『地球のはらぺこを救え』というテーマだった。地球組はWFP(国連世界食糧計画)を支援して、このチャリティーコンサートを開催したということだ。その主旨に賛同してさまざまな団体や個人が参加して、このコンサートが成立したのだそうだ。

地球では食糧の格差があり、飽食で食べ物を捨てるような日米もあれば、食糧難で飢餓で死んでいく子どもたちがいる国もあるのだ。世界で飢餓に苦しむ人口は10億人、世界の7人の一人は飢餓に苦しんでいるのだ。飽食の日本人は何ができるのかを問うコンサートだった。

地球組は「歌が上手だとは下手だとか、障害があるとないとか、勉強が出来るとか出来ないとか、学校や国籍が違っていても、みんな素敵な地球の仲間たち」というコンセプトでまとまった合唱団だ。上手いとか下手ではなく、楽しそうに歌う姿が印象的だった。地球を救いたいという熱意を感じた。

ムスリム協会の歌、愛知朝鮮中高級学校高等部の舞踊、NHK名古屋少年交響楽団、司会者でバイオリニストに井上綾子など多彩な演目だった。メイン?はKさんのミニライブだった。Kさんの歌は素敵だった。これを目当ての来場した人もいたようだ。それぞれ魅力的な演技で楽しい3時間を過ごすことができた。」
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-28 12:12 | 劇,映画その他

ラーメンは好きだ!

日本人はラーメンが好きなようだ。よく通りところに牛丼屋があった。その牛丼屋の前は丼屋だった。ともに通りながら中を覗くと、客がほとんどいない状態だった。ということで二店とも早々と閉店していった。今回はラーメン屋がオープンした。今回はどうかと、覗くと、結構人が入っているのだ。昼時に通ると、ほぼ満席だ。このあたりには、すし屋、お好み焼きや、中国料理店など食べ物屋が多いところだ。ラーメン人気はすごいと思った。

このラーメン屋の近くに、麺を一週間ほど寝かせるというラーメン屋もある。いつ通っても外の列ができている。いわゆる行列のできるラーメン屋だ。列が出来るのは椅子が少ないということもある。10人ほどしか入ることができない。しかも狭いのだ。その狭さと、席が少なく、また麺を寝かせるというのがよいのだろう。結構硬い麺だったが、この固さを好きな人がリピータになるのだろう。

ニュースにラーメンは濃厚から淡麗に変化しているというものがあった。ラーメンの最近の歴史は1980年後半のトンコツブーム、1990年後半のダブルスープブームとご当地ラーメンブーム、2000年前半の漬け麺ブームということで濃厚系が続いた。2000年後半には濃厚の極みであるまぜそば、油そばなどというものが出現した。ここまで20年間濃厚が続いたということだ。

2009年には淡麗ラーメンが出現し、そのブームが2010年には全国に広がるというのだ。それでもしばらくは濃厚と淡麗が混在していくのだろう。でも、日本人はやはりラーメンが好きなのだ。ご当地ラーメンというものもまだまだ続くだろう。客がラーメンの種類を選ぶ時代になるのだ。日本人の食は奥が深いということだ。
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-27 09:34 | 日常

縮み思考の日本人

鳩山首相のリーダーシップが問われている。テレビでは強いリーダーシップが必要としている。歴史的に強いリーダーシップを発揮した人物としてヒトラーがいる。そして彼はポーランド侵攻をおこない、第二次世界大戦の原因を作った。歴史的に強いリーダーシップを持つ指導者が出現するときにはろくなことはない。

決断が遅いということも言われている。そんなに早く決断してどうなるのだろう。現代はのんびりした行為の方がよいのではないだろうか。普天間問題も相手のある問題だ。アメリカ相手にそんなに簡単に決断をできないだろう。オバマもアフガニスタン侵攻で窮地に陥るかもしれない。ベトナム戦争よりアフガニスタン問題の方が解決には時間がかかると思う。

ともかく、現代は難しい問題が山積した時代だ。デフレ、景気の二番底問題、就職難など簡単には解決できない。経済は二番底が来ると多くの人が思うと、来るものだ。アメリカ人のように大丈夫と考え、消費が拡大すれば二番底の心配はないものだ。

クリスマスイブそしてクリスマス、スーパーに行くと人が少なく、早い時間から安売りをはじめていた。景気が悪いと思う、買い物を控えればさらに景気は悪くなるものだ。外食産業の不景気ということだ。日本人全体が縮んでいるようだ。縮み指向に日本人という本があったが、いま本当の縮んでいるようだ。来年は明るい年としたいものだ。
 
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-26 08:52 |

安産という言葉は・・・

『古文書が語る近世村人の一生』を続ける、江戸時代を含め過去の時代は幼児死亡率が高いので、平均寿命は低く出るが、ある程度の年齢に達すると長生きをしたようだ。長生きをする人がいたという事実が重要だろう。女性は出産で命を落とすことが多く、安産という言葉は、子どもが死産でも母親が無事の場合安産とよんだということだ。

江戸時代は再婚も多く、離婚が多いようだ。生活が出来なくらい困窮すると離婚しとようだ。離婚は男性から言う必要があり、離縁状には形式があった。離婚の原因は貧乏が一番ということだ。実家に帰る必要があり離婚ということもあったようだ。実家で働き手がなくなり帰ることが求められたということだ。労働力として実家で必要となるということだろう。子どもが生まれない、特の男の子とを生まないからという離婚もあったようだ。それでも子どもがいないまま夫婦生活を営む人もいたのだ。夫婦仲が上手くいかず離婚もあったようだ。現代を同じだ。

離婚状には、離婚の原因(曖昧にすることがおおいようだ)と再婚の自由を認めることが記されるということだ。離婚には離縁状が必要で、これがないと女性が再婚できないということになる、それだけ再婚が多いということだろ。重婚は死罪ということだ。離縁状は女性から出せないというだ。女性が離縁したいときは、縁切り寺へ駆け込むしかないのだ。江戸時代の女性の人生も現代と同じ波乱万丈の人もいたということだ。
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-25 15:00 |

人が富の源泉だ

人はどのような一生を送るのか、そのヒントが過去の歴史の中にはあるはずだ。人生50年という時代があった。今のような人生80年時代には過去の経験は役にはたたないのだろうか。歴史の変化をというものを考えれば、過去は役に立つと思うのだが・・・

子どもは江戸時代にはどのように扱われたのか。江戸時代の古文書などで子どもを調べると、貧乏人の子だくさんということはないようだ。子どもがいないというのは、貧乏で育てることが出来ないということだ。子どもが出来ない夫婦もその結婚生活を続けるとうこともあったようだ。子どもが育てられなければ、間引きということをしたようだ。もちろん病気で死ぬということもあったろう。

いつの時代も人間の存在が支配者には重要なことだろう。人間は富の源泉だ。働いて税金を納めてくれる。領主は間引きを極力減らそうとしたようだ。それ以外には捨て子や貰い子ということもあったようだ。子どもは7歳まで生き残れば、そのまま成長したようだ。7歳までを「神の内」とよんだのだ。8歳になると寺小屋に入れ、読み書きを習わせたのだ。手紙の書き方を中心に学んだようだ。江戸時代の社会は字が読めるということが原則だったのだ。これが明治時代の入り、資本主義発達の源泉になったのだろう。

元服は男は15歳、女は13歳だった。元服する、つまり大人の社会に入っていくのだ。その前に若者組に入り、修行をつむのだ。現代でもお祭のはっぴに「小若」と書いてあるのはその名残だそうだ。以上は『古文書が語る近世村人の一生』から記した。
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-24 11:38 |

国家構想は三つある

現代社会における国家構想は三つあると考えることができる。ひとつは「開発型国家構想」だ、旧来の自民党が行なっていたものだ。ハコモノ行政、族議員によるバラマキというものだ。利権にむらがる地方という図式だ。ダムを作ったり、つまり土建屋行政のことだ。民主党もこのような政治を指向する部分がある。

ふたつ目は「新自由主義国家構想」だ。グローバル化に対応するために弱肉強食、自己責任と旗印に、強い企業を残し、福祉・医療を切り捨て、弱い企業を淘汰していく手法だ。小泉改革のことだ。この政策は大企業のサラリーマンに支持されている。この政策によって派遣が行われ、正社員と派遣社員という図式が出来た。年末派遣村の原因となった政策でもある。

年功序列、生涯雇用を崩壊させ、企業が持っていた福祉システムも崩壊した。日本の社会福祉政策は、バラマキで利益を得ている地方、会社と公務員という立場で利益を得ている人々はそれぞれで社会福祉が完結しているため、それ以外の人に対して社会福祉を実施すればよいという、チープな国家だった。会社が社会福祉を実施しなくなり、国家が社会福祉をしなければならない対象が増加しているのが現実だ。それは企業年金の問題ともからむだろう。

最後の国家構想は「福祉型国家構想」だ。これは国家予算を福祉に向けるということだ。法人税を高くし、金持ちに課税をし、それを財源にして、社会福祉を充実させようというものだ。民主党の予算編成を新聞が「コンクリートから人へ」というように評した。それの実現を国民の多くが望んでいるのは確かなことだろう。民主党にはこの三つの構想の対立があるように見える。国民の多くが第三の「福祉型国家構想」を支持する姿勢を示すことが重要なことだろう。
[PR]
by qzr02421 | 2009-12-23 10:41 | 歴史