本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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倭国の首都が邪馬台国?

朝日カルチャースクールで、世界史の基礎講座を持っているが、今は世界史をひとまずおいて、日本史について話している。世界史から見る日本史という観点だ。とくに古代史は東アジアという世界観で日本を捉えるのがよいと考えている。

邪馬台国や奴国、そして倭国といっても、現在に日本というような捉え方をしない方が分かり易いのではないだろうか。東アジアにつながるクニ(国民国家ではないので、カタカナでクニとする)という捉え方だ。東アジアネットワークという捉え方だ。中国も朝鮮もそして日本も、この当時はないという考え方をした方がよいのだろう。倭の五王という存在も、東アジアというスケールで捉えた方が面白いと思う。

ところで箸墓古墳に調査で、この古墳は放射性炭素年代測定で3世紀後半の遺跡という結果が出たというニュースがある。邪馬台国の卑弥呼に墓ということだ。考古学はこのような結果を得て、邪馬台国畿内説が有利と判断しているようだ。しかし、考古学では有利というのが限界だろう。文字資料が出ないと結論はでない。

邪馬台国という倭国の首都がどこにあってもよさそうなものだが、気にはなる。東アジア世界という観点にたてば、北九州に太宰府のような拠点となる都市があってもよいのだ。邪馬台国にようなクニが二つあってもよいのではないのだろうか。
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by qzr02421 | 2009-05-31 18:12 | 歴史

神の啓示があった?

判断をすることは難しいことだ。判断の基準がどのようなものであるのかを自覚することも難しい。どうしてブッシュはイラクの空爆、そしてフセインを嫌ったのか。その答えが見つかるわけではないが、気になるので「ブッシュ」を見に行った。10時15分始まりということで9時40分頃行った、一番だった。劇場(名古屋伏見ミリオン座)に入ったら、一人だけだった。この映画を1人で見るのかと心配したが、続々?と7人ほどになり、安心?して見ることができた。

ブッシュがイラク戦争を始め、泥沼に至るまで、そして大学生の時代前後から大統領になるまでの回想で構成されている映画だ。日本人は宗教を信じていない、無宗教というようなことをいわれるが、アメリカ人はキリスト教を信仰していることが分かる。ブッシュは会議の終わりには「祈ろう」という。回想シーンでは自信を失うと、牧師さん相談する。牧師が励ましてくれるのだ。

大統領になることを決意したのも、神の啓示という、神の啓示があったことを、以前励ましてくれた牧師の報告するシーンがある。アメリカ人と神との関係が分かる映画だ。ローラ夫人との出会い、そして結婚生活も少しだが描かれている。アメリカという国は、ブッシュを映画にするという大胆なことができる国だ。小泉元首相の映画ができるだろうか。安倍元首相の辞任劇を映画にしても、誰も見ないのだろう。このあたりがアメリカの奥の深いところだろう。

若い頃のブッシュの軽薄さ、大統領執務室などで食事をしながら話をするシーンなど、このような情況で世界の重要な案件が決まっていくのかと思うと、なんだが、政治というのは信用できないと思える。日本の政治も密室で決まっているようだから、政治というのはそのようなものなのだろう。日本人が日本の政治家ではなく、アメリカの政治家の映画を見るというのも不思議なことだと思った。以前見た「ニクソンとフロスト(題が変か?)」を思い出しながら見たということだ。」
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by qzr02421 | 2009-05-30 12:54 | 劇,映画その他
口呼吸と鼻で呼吸するというふたつがあるようだ。言葉が定義されると、その現実が現れるという法則がある。口呼吸という言葉が出現すると、口呼吸の人が増加することが考えられる。知ることがなければ、そのまま生きていくということだ。定期健康診断で不健康と診断されると、不健康になるということでもある。

口呼吸は、花粉症の時期には多いそうだが、これが、通年している人が多くなっているという指摘がある。呼吸は、通常は鼻でしているのだろうが、そのようなことを意識することは普通はないと思う。あらためて、自分の呼吸法を確認するというのもよいことだろう。意識しないと分からないということはあるものだ。

腹式呼吸か胸式呼吸どちらかという話もある。これも意識しないと分からない事かもしれない。どのような呼吸法をしているのか、などということを考えると呼吸をすることが億劫になるだろう。普通は鼻で呼吸し、腹式呼吸がよいとされている。あなたはどのような呼吸法でしょうか。今一度確認することもよいことでしょう。しかし、自分の慣れた呼吸法が一番よいとも考えることができます。あまり、気にすることがないのかもしれません。

普段気にしないことを気にすると、病気になる可能性もあるのでしょう。どのようの歩くのか、右足からか、左足からかなどを考えると、歩けなる人がいるという話もあります。普通がよい、自分の考える普通がよいということだと思いますが、どうでしょうか?
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by qzr02421 | 2009-05-29 15:36 | 日常

目から鱗が落ちるとは?

カルチャースクールや高校で話をしていて、この話は、どれくらい普遍性のある話かと思うことがある。つまり、どれくらい伝わっているかということだ。そのことにおける専門家が常識のように知っていることが、専門家でない人は、全く知らないということがあるのだろう、ということは分かっているのだが、しかし、このようなことは、常識で、説明したら失礼にあたるなどとも思ってしまう。

それにしても、全く知らないということを基本にしながら、知っている人に対しても、奥の深い知識を提供したいという思いはある。そのために、結構苦労をしているのだが、その苦労はある意味、楽しみでもある。話を聞いて、目から鱗が落ちましたなどという言葉を聞くのがなによりの楽しみでもある。目から鱗という話をしようと日夜苦労?をしているということだ。

朝日カルチャースクールで、日本史を話している。今は弥生時代で、倭国というのはどのようなものかという話をしている。邪馬台国と倭国の関係とは?卑弥呼は「親魏倭王」という称号をもらったのだから、卑弥呼は倭国王だろう、では邪馬台国とは何かなどという話をしている。漢書地理誌から魏志倭人伝までの史料も解説したりなどしている。高校では聞かないような話を心がけているのだが、聞いている人はどのようの感じているのだろうか。気になるところだ。

その時代の人がどのような生き方をしているのかということをいつも念頭に置いている。弥生時代人はどのようなことを幸せと感じていたのかなどということを考えることは楽しいことだ。時代は変っても、人間であることにはかわりはないのだ。人が歴史を造るのだ、人への興味が歴史の一番大切なことだと思っている。
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by qzr02421 | 2009-05-28 20:47 | 歴史
「子どもを誉めて育てろ」という教育論があり、それが主流になっている。昔はスパルタ教育という言葉もあった。子どもは誉めた方がよいのか、厳しくしつけたほうがよいのかという問題がある。ブッダではないが、誉めるのと、厳しいのという中間がよいのだろう。しかす、中間というのは相対的なもので、分かったようで分からない位置にある。

子どもが当たり前のこと、つまり、当然やるべきことをやったときには、誉めない方がよいだろう。その時、親は「ありがとう」という感謝の気持ちを述べるのが適当な言葉だ。当然のことをしたときに、誉めるのは変だ、しかし、ここで誉めると、子どもは、自分のやった行動に対して、誉められるというご褒美を要求するようのなるだろう。少子化で子どもを甘やかすと、あとで大変なことになるのだ。

最近の子どもは、誉められることになれているので、誉められないと、不満そうな顔をすることが多い。しかし、苦労したことは、誉められることは当然だが、苦労しないことに対しては、謝辞が適当ということだ。何事もバランスが大切だ。誉めるとおだてるということの違いを考えることが大切だろう。

最近の子どもは、叱られるとビックリして、それなりに反応して、自分の行為を反省することもある。それが人間らしい行動だと思う。叱られた、ハットするということを繰り返すことによって、自分の生き方を見つめ直すと思う。叱る、誉める、おだてる、それらのことが、バランスよく配分されることが大切なことだ。言うのは簡単だが、やるのは難しいことだろうが、やるしかないということでもある。
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by qzr02421 | 2009-05-27 18:22 | 評論
曇りで、涼しい、この間の暑さはなんだったのかと思う今日この頃だ。新型インフルエンザはまだ、日本中を騒がしている。ロシアやオーストラリアでも患者が出たというニュースがあった。弱毒性といいながら、感染度は高いのだろう。普通のインフルエンザのときは報道がないから比較ができない。今回の新型はどの程度正当に怖がればよいのか、さっぱり分からない。

梅雨が来て、湿気が多くなれば鎮静化するという話で、さらに秋には再び流行するというのが現在に報道だ。マスコミも当初の大げさな報道を一転させ、落ち着いてくださいなどといっている、一番落ち着かなくてはいけないのはマスコミ自身だろう。

話は変るが、第一生命にサリーマン川柳が発表された。「やせたのは一緒に歩いた犬の方」というのが第五位だ。犬好き悪い人はいないというが、犬好きを狙った殺人事件があった、犬を散歩させているのか、散歩させられているのか分からない人もいる。犬の調子で散歩すると、川柳の通りやせるのは犬だけということとなるのは当然だ。同じような川柳では「朝バナナ効果があったのお店だけ」がある。結局、消費者はだまされて買わされているだけということだ。

「ストレスか?聞かれる上司がその原因」というのもよい。「ストレスじゃないのか」などと聞く前に、職場の雰囲気を変える努力をするのが上司というものの存在意義だろう。日本の文化は、察するとういものだ。「ストレスか?」と聞くようの無神経な上司は、本当のKYなのだろう。」

「iPod すぐに沸くかと 祖母が聞く」、「まだ来ない・・・ カネは天下を まわるはず」、「夢を持て 夢を持ったが 夢だった」、「妻が聞く ウソの単位は バレルなの」、「「テストどう?」 こたえはいつも 「アラフォーさ!」」など、面白いものがあった、バレルなどは実のわさびが効いていると思う。
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by qzr02421 | 2009-05-26 21:05 | 日常
上村松園・松篁・淳之三代展をJR名古屋タカシマヤで開催している。5月21日から6月1日までの短い期間だ。日にちを調整しているうちに終わってしまいそうだ。無理しないと行くことが出来ないということで、今日(24日)行ってきた。三代続くということが奇跡としか思えない。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなど子どもが活躍しただろうか。大学教授の子どもが大学教授になるだろか。

例外はあるだろうが、三代続くということは、作品のよしあしを超えて凄いことだと思う。松園は格調高い美人画を特徴としている。その子の松篁(しょうこう、読めないよ~)は写実性を追究し、花鳥画を特徴とした。その子の淳之は花鳥画を父よりさらに追究し、鳥たちと暮らし、その鳥たちを端正に描いている。

100年を超えて三代!「真善美」の極致を求めた松園の精神が脈々と受け継がれる姿を感じる作品群だった。女性である松園が女性を描き、男性である子と孫は花鳥画を描くということが面白く感じた。母がすごいと、子も緊張して人生を過ごすということだろうか。子は女性画を描くのを裂けたのだろうか。親である松園もプレッシャー感じただろうが、子の松篁は、母以上のプレッシャーを感じただろう。気の毒なことだ。

松園といえば宮尾登美子が「序の舞」を書き、それを中島貞夫監督が映画化している。名取裕子の初ヌードということで評判にもなった作品だ。彼女は東西髄一の女流日本画家ということだ。小柄で細面の彼女のどこにそんな力があるのだろうかと思うほど作品に圧倒される。師匠の不義の子を産み、2人目の子のときは師匠から「誰の子か?」と問われたときの松園のずいぶん驚いたということだ。男とはしょせんそれくらいのものということだろうか。三代の絵は見ごたえがあった。
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by qzr02421 | 2009-05-25 15:24 | 劇,映画その他

既存の劇を題材にして

劇団きまぐれ公演「鰐梨の育てかた」は「風とともに去りぬ」を題材にしてつくられた台本ということだ。東京から突然帰って来る女性の名は紅子というのだ。これはスカーレットということだ。彼女はその医院の幼馴染の男性に会いに来るのだ。この男性はスカーレットつまり紅子が関係を迫っても相手にしなかった人物だ。この男性は劇には登場しないがアシュレーだ。

この医者の奥さんが、実に親切でよい人という設定になっている。まわりに人間関係に気を使う、自分のことは棚に置くという人だ。つまりメラニーということだ。スカーレットつまる紅子に妹が登場する。この人は紅子に婚約者を取られたという設定になっている。これもその通りだ。ちがうのは、妹に子どもがいて小児癌の疑いがあるということになっている。この子どもをなぜか紅子が助けようとして、なぜか助かってしまうのだ。また、スカーレットはバトラーは分かれて終わりだが、この劇に結末は、紅子が、今の夫つまるバトラーのために、東京の帰るという設定のなっている。

この劇の原作者が、スカーレットとバトラーがともに生きた方がよいという考えを持っているということだろう。わがままのスカーレットを支えることができるのはレット・バトラーだけということだろうが。スカーレットを甘やかしている台本だと思う。スカーレットは泣きながら、しかす、気位が高いので、泣かないだろうが、それでも泣きながら、失意のうちに暮すのが適当だと思う。

この劇には、破産した下駄屋とは、徘徊する老人が登場する。意味が分からないが、スカーレットの父親とは母親を意味しているのかもしれない。マミー役として、年配の看護婦が登場する。「風とともに去りに」を想像しながら見ると、また一味ちがう劇となるだろう。既存の劇を題材にして劇を作るということはこういうことかということが分かる劇だった。
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by qzr02421 | 2009-05-24 20:57 | 劇,映画その他
劇団きまぐれ公演「鰐梨の育てかた」を愛知県芸術劇場小ホールで見た。5月22日は朝から雨という予報だったが、夕方まで曇りのままだった。19時開演ということで、オアシスで夕食を食べた。県の芸術会館を利用するとサービスがあるというところがあったので、そこで食べた。ワインやシャーベットとがサービスされた。得をした気持ちになった。

ワインを飲んで、食事をして、劇場に向かった。鰐梨と書いてアボカドと読むらしい。あぼかどとは睾丸を意味する言葉らしいことが分かった。劇は面白かったが、意味はよく分からなかった。意味が分からなくても楽しいのが一番だろう。地方都市のさびれた商店街のはずれにあるクリニックが舞台だ。このクリニックは温熱マッサージを目当てにする老人が来るという設定だ。

老人役の人が多く出演していたので、その老人役の友だちらしい人が多く客席にいたような気がした。まあ、友だち関係で初めて劇を見るという人がいるのは、それはそれで楽しいし、人生は捨てたものではないと思う瞬間でもある。このクリニックに昔からトラブルメーカーであり、現在は金持ちの後妻に納まっている女性が訪ねてくることから話が始まる。

看護婦が合コンに行くという話、子どもが小児癌のおそれがある女性の話、院長が北海道に出張に行くのだが実は不倫かという話など、様々の人生模様がある劇だ。人生も同じように様々な人生模様があるだろう。結局、結論がよく分からないまま終わったが、それでも見た後がさわやかな爽快感があった。1時間半ほどの劇だった。これくらいの長さの劇が、ゆったりと見ることが出来るのだろう。日曜日まで上演されている。」
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by qzr02421 | 2009-05-23 16:36 | 劇,映画その他
三菱東京UFJ銀行貨幣資料館が栄?から東区赤塚に移転したので、早速行ってみた。栄?にあったときは古い建物で、それなりに歴史を感じたが、移転後は、歴史は感じないが、新しい建物で、新しい展示室でそれはそれで気持ちのよいものだった。

展示は、以前と同じだろが、場所が変ると新しく見えるので、新鮮だった。日本及び世界各国の紀元前からの貨幣約1万点を、分類して展示してある。ネロなど皇帝の名が彫られている貨幣、江戸時代の藩札、大判、小判など見ごたえはある。大判は、大判というだけあって、やはり大きいのだ。千両箱を持ちあげてみようというコーナもあり、持ち上げようとしたが、結構思いのだ。一億円を持ち上げようというコーナにも挑戦した。これは子持ち上がるのだ。

日本最古の貨幣は、富本銭か和同開珎か、中国の永楽通報をどの程度流通したのか、世界最古の貨幣?中国の貝貨、エレクトラム金貨、明治から現代までの紙幣など、興味はつきない。日本の紙幣は最初、武内宿禰、和気清麻呂、神功皇后、日本武尊、藤原鎌足、菅原道真で、大正くらいから聖徳太子が登場するらしいなどという発見もある。板垣退助などもなつかしい。

紙幣に登場する歴史的な人物を見るだけでも、この資料館に行く価値はあるように感じた。今は、特別展として「歌川広重と東海道五十三次」のパート1を6月25日まで展示している。現代の写真と比較してあるので、広重の視点と現代の視点を比較することが出来て楽しい。企画展示としては「富本銭と日本貨幣の始まり」が展示してあった。この資料館は土日祝日が休みで、無料だが、平日の9時から16時までしか開館していないのが残念だ。赤塚交差点のすぐ南にある。基幹バスを利用すれば便利だ。地下鉄の駅から遠いのが難点ではあるが・・・
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by qzr02421 | 2009-05-22 14:27 | 劇,映画その他