本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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『スピリチュアルはなぜ流行るのか』についてまたふれる。ビートルズのイマジンにも意識を変えてごらん人はもっと自由になれる世界は平和になれる、不安希望が持てないイライラする自分は価値のない存在だと若者は思っている(50%)、わたしたちは孤独の中に生きている、生きている手ごたいを感じない、私にも価値があると思いたい、歴史宗教は来世での救済に重きをおいている、スピリチュアル理性より感情によっている、

糸井氏は農業社会→工業化社会→情報化社会→魂を満足させてくれことを求める社会の到来、孤独は一人ぼっちではない、友と友の生きているという実感がない、心理療法の基本は傾聴受容共感だ、キッパリもスピリチュアルだ自己改革の為のヒント人と比べない口癖を変えてみるラッキーな事を数えるなど、

現代人の関心は宗教からセラピーへ救済から癒しへと移っている、こころなおし、特定の神は信じないけれど何らかの超越し存在を漠然と感じる、いまの自分は嫌い明るくなりたい癒されたい何かに感動したい、心を解放させるときはなち野実践、丸ごと受け入れる、共同体の崩壊、人の意識はわりと簡単にふだんと違った状態になる、

脳の作用は分からない事が多い、ささやかな事でも自分の出来ることからやってみよう、いかされているという意識が欲しい、スローライフ、ラブロックのガイア仮説地球は生きているという隠喩、いのち命というキーワード、大地の恵みで生かされているという意識、ピースムーブメントは社会を変えたいという力強さよりも変わったら良いな自分を変えたい何かとつながりたいという態度が見られる
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by qzr02421 | 2009-03-31 09:23 |

笑いが起きないのだ

チャペックのロボットは人造人間という感じのものだ。人間と同じような構造で、体を切れば血が出るのだ。しかし、魂はないという設定だ。魂がないのは死ぬということが怖くないということになっている。人間は死ぬことを怖がる生き物のようだ。その死を怖がらないのがロボットなのだ。しかしある科学者の改良によって、そのロボットが魂を持つようになり、生きていた、つまり死を恐れるようになり、さらに人間を支配し、さらには、
全ての人間を殺してしまうのだ。それがチャペックのロボットなのだ。

人間と同じ体を持ち、しかも魂を持たない存在、そのため、それが臓器移植に使われるという映画がある。それが、「アイランド」という映画だ。あるいはロボットが人間の滅ぼすという映画もある。それが「ターミネーター」という映画だ。その映画の先駆的存在としてこの「RURロボット」という戯曲がある。しかもこの戯曲は100年ほど前に書かれたものらしい。時代の先駆的な話ということになる。

ともかく、この西田シャトナーさん演出の劇が終演を迎えたのだ。訳の問題のだだろうが、セリフの言い回しが翻訳調で、役者さんは覚えにくそうだった。また話の中にキリスト教の神が登場する。これの一神教というものが分かりにくいかもしれない。ロボットを生産して、そのために人間の子どもが産まれなくなり、さらにはロボットが反乱を起こし、人間を滅ぼしてしまうのだ。

話がシリアスなので、笑いが起きないのだ。笑いのある劇が素晴らしいわけではないのだが、笑いが時には必要なのだ。ということで、真面目な劇と、それなりにひょうきんな劇が交じり合っているのが今回の劇だ。個人的な意見では、ロボットが人間を滅ぼして終わりというのもありという感じはした。劇を妙に、人間賛歌にする必要ないのだ。
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by qzr02421 | 2009-03-30 19:19 | 劇,映画その他

ゆるゆると真剣に

楽しいと面白いと役に立つとの関係はどのようなものだろうか。理想は楽しく、面白くしかも役に立つだろうか。何が一番にくるものなのか、この言葉を作った人は、講義で一番大切なことは「役に立つ」と考えているのだろう。「役に立つ」というのはどういうことだろうか。講義のあとで、聴講生から「先生の話を聞いて目から鱗が落ちました。新しい見方が出来るようになりました」などという言葉を頂くことがある。

役に立つことは新しい見方が出来ることで、それが楽しいことということだろう。そのことが必ずしも面白いかどうかは分からないのだろう。講義を聞きに来る人が吉本の漫才を聞こうとしてくるわけではない。新しい見方や考えかた、新しい知見を知りたいと思っているのだろう。ということで講義の基本は「役に立つ」「楽しい」そして「分かりやすい」そして「面白い」という順番となるのだろう。

「ゆるゆると真剣に」という言葉をテレビで、ある落語家が言っていた。「ゆるゆる」というのは楽しみを忘れないということだそうだ。「真剣に」というのは心を込めてというようなことだろうか。前回の講義の基本と比較するなら、楽しみがあり役に立つということだろうか。

講義のするのは真剣勝負には間違いはない。しかしただ真剣だけでは肩がこってしまう。その真剣さのなかに、すきのようなものが必要なのだろう。それが「ゆるゆる」という言葉になると思う。ゆるゆるという余裕がある講義がしてみたいものだ。

講義で必要なことは疑問を持つ力だ。これもある本では「無知とは疑問が発せられない状況だ」「素朴な疑問がコトの真相をつきとめる一番の方法」「常識は多数者が持つ偏見のことだ」などという言葉が参考になるだろう。この本には次のようなこと言葉もあった。「イタリアは作られた、これからはイタリア人を作らねばならない」というものだ。

新聞やテレビで見聞きすることを、そのまま受け取るのではなく、「どうして」というフィルターを通すことが大切なことなのだ。株が下がった、地価が下がったというニュースがあるが、株や土地を持っていない一般大衆はそのニュースを聞いて、大変だと思う必要があるのだろか、このニュースがなぜ、ニュースになっているのかを考えることが大切なことだということだ。
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by qzr02421 | 2009-03-29 08:27 | 日常

サルでも分かる

新聞の本の紹介や読書欄、週刊誌の見出しを見て、どのようなことが書いてあるのか想像するのが好きだ。想像した結果、その予想を確かめようと、本や雑誌を買うことがあまりないが、たまには本を買うこともある。最近の新聞で気になった見出しを紹介しよう。

「アンケートではマーケットは見えてもターゲットは見えない」というものがある。わかったようで分からない言葉だ。高校でも文化祭などでの出し物を決定するときに利用するのがアンケートだ。生徒もアンケートと阿弥陀くじが好きのようだ。アンケートで決まった文化祭の出し物が成功するかどうかは分からない。

文化祭の出し物を計画し作業するためには頭(ヘッド)となる生徒集団が必要だ。このヘッドとなる集団(4人から8人ほどの集団だろう)が実施してみたい演目というのがあるのだが、これがアンケートでは分からないのだ。クラスのマーケットとしての演目は分かるが、ヘッドというターゲットの演目が見えてこないのがアンケートの欠点だろう。

「アンケートで八割、新聞を読んでいるというが、それは大きなウソだ」という言葉ある。これも文化祭の出し物を例にすれば、クラスで8割の支持を得る演目がヘッドの指示を得るかどうかは分からないのだ。8割が指示したその演目をクラスの誰が企画・立案・実行するのだろうか。ヘッドの意向が分からなくなるのだ。このあたりがアンケートの持つ胡散臭さというものだろう。

カルチャースクールや高校での授業では、楽しくというのを基本にしている。楽しく学ぶというのが基本で、楽しくなければ学習でないとも思う。本来は知らないことを知るということは楽しいことでなければならない。新聞で「求めているのは面白いよりも役に立つこと」「サルでも分かる、今さら聞けないはNGワード」という言葉があった。」
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by qzr02421 | 2009-03-28 10:38 | 日常

芝居はセリフでない!

西田シャトナーさんが演出する「RUR・ロボット」の稽古を見る機会があった。40歳代の若い?演出家が力いっぱい俳優を演出、あるいは育てようとする気迫を感じた。それを受ける俳優さんも涙を流さんばかり(流しているような気もした)に体当たりで演技をしようとしている。それでもシャトナーさんからダメが出される。俳優さんは「もう一度お願いします」と食い下がる。

何回か演じてみて、ついにシャトナーさんは「君の演技は今日は見ない、プランを考えてきてください、明日見ます」という場面もあった。見ていてこちらが怖くなる。西田シャトナーさんが俳優さんに言っていた言葉を書いてみよう。「気持ちが入っていないセリフはしゃべっても意味がない、その場面の気持ちをどのように作るのか、プランはないのか」というものがある。その場面は連続した場面を一つ切りとっただけだろう。前後の場面は芝居にはないかもしれない。しかしその場面の前後がないわけでない。その場面の前のシーンを創造して、今の場面の役作りをしろということだろうか。台本に書いてあるセリフを言えばよいというものではない、気持ちを作って、その気持ちにセリフをのせるということだろう。

「セリフが相手の届くから、相手はそれに答えようとするのだ、相手が答えたくなるセリフを言うのだ、舞台に出た瞬間から、役者の動きで世界が変らなくてならない、世界が変らないようなセリフがいらない、役者は台本を読んで未来を知っている、しかし、それを演じてる時は未来は分かっていないのだ。」という言葉などがある。舞台にいるということはセリフがあってもなくても、その世界にいるということだろう。セリフがあると演技をしようとするだろうが、セリフがないときその世界にどのようにいるのかというが大切なことだろうと思った。「芝居はセリフでない」という言葉が印象的だった。

人生も舞台に上がっているのと同じだろう。演じ切るということが大切だ。自分の人生という舞台に立っているのだ。一つひとつの言葉が真剣に発せられなければならない。「さよならだけが人生だ」という寺山修司の言葉がある。人は人生という舞台の上で、人に会い、出来事に出会い、そしてそれに決別を繰り返す。笑うこともあるだろうし、涙することもあるだろう。笑い・涙をひっくるめた人生という舞台を楽しみたいものだ。
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by qzr02421 | 2009-03-27 09:15 | 劇,映画その他
三枝の落語の続きは、次は童謡と唱歌の違いを話す、いずれも子ども向きの歌だが、その違いは旧文部省が教科書に採用したか、しなかったかのちがいでしかない。さらに、歌の歌詞が誤解されている、法律で歌詞が禁止などの話が続く、「15でねいやは嫁に行き・・・」昭和22年禁止、15歳では結婚できないので、「柱の傷は・・・」柱に傷をつけてはいけないのだ、童謡は日本の四季を歌っている、と童謡メドレーを歌う(サビの部分のみ)春夏秋冬の順で、「春は名のみか」「夏が来れば思い出す」「静かな静かな秋・・」「雪はコンコン霰や・・」「春の小川はサラサラ」「卯の花のにおう季節」「秋の夕日の照る山紅葉」「焚き火だ焚き火だ落ち葉たき・・」「春よこい、早く来い」「海は広いな・・・」「あれマツムシが鳴いている」「もいくつ寝るとお正月・・・」これを立て板に水に歌う、なかなかのものだ。

外国の曲に日本の歌詞をつけた「埴生の宿」ビルマの竪琴の話、中井貴一が・・・歌う、部下酒を何倍も飲む、酔いたい、「水島日本に帰ろう」を部長の言わせる、もっと大きい、声で、感情を込めてなどカラム、ハイ!オチは「君、早く家にかれろ~」

もう一つの落語はケイタイのメールを80歳のおじいさんに教えるという話。リアルで面白かったが、ケイタイのメールをしたことのない人には理解できないだろう。タンザニアには電気がないが、ケイタイはみんな持っている、充電にはバスに8時間乗って町まで行く、村は実は圏外で、ケイタイをしたければ、村のはずれの大きな岩に上に登る、岩の上で、その岩にいる人と会話する、タンザニアの言葉ではなす、二度と言えない!女子高校生のケイタイでの会話、ちょーむかつく、チョーはここと腸のあたりを押さえる、三枝いるよ、三枝とかわろか・・・、自転車でメール、事故って足から血が出ていても、メールしている、死んでもケイタイをはなしませんでした・・・ケイタイを初めて持った人に電話すると、どうしてここにいることが分かったの?などなど、三枝の創作落語を聴いた楽しいひとときでした。
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by qzr02421 | 2009-03-26 09:12 | 劇,映画その他
桂三枝の落語会に行った。天満天神繁盛亭で聞いた「童謡酒場」をまた聞くことが出来た。童謡を利用した落語というのも新鮮だ。新作落語もやがては古典になるというのが三枝さんの考え方のようだ。まえふりは「ポニョが人気があったが、音がはずれているのがよい、森進一が歌ってはダメということで、実際に歌った。つぎに大阪名物の歌が幼稚園で歌われていると続ける。大阪名物、たこ焼き、お好み焼き、もんじゃ焼きで、なんやねんと突っこむ、もんじゃ焼きは東京名物だから、幼稚園でも大阪では漫才ののりの突っこみを教えているというのがオチ。

大阪で有名なもの、阪神、通天閣(これは何でもよいのだろう)、さいごが桂三枝、いらっっしゃいで、三枝が泣きまねをして、これがオチ。ここから落語に入る。童謡が歌われなくなった、何曲か童謡をうたう、「おててつないで」「赤い靴ははいてた」「かわいいかわいい魚屋さん」、現在、歌っているのは高齢者だけ、福祉施設で歌っている、「歌を忘れたカナリア・・・」その後の歌詞を「お年よりは忘れた」、「船頭さんが・・・60歳・・」80歳の老人が歌う、オレの方が年上だ!「待ちぼうけ・・・」ボケを待っている、「ウサギおいしかの山・・・」ウサギの肉はおいしいんか、「雨雨降れ降れ・・・ジャノメで・・・」ジャノメはミシンか?

ここから話がかわる、部下に上司が「この会社では童謡は危険だ、部長は童謡が好きで、童謡が好きと分かると童謡酒場に連れて行かれる、何人も病気なった、童謡酒場では「かもめの水兵さん・・・並んだ・・」と歌い、ビール瓶を並べるのだ、部下、「嫁さんが保育士なので・・・」上司「悪い環境だな・・・」上司が童謡での失敗を話す。誘拐事件があったとき、電車で「赤い靴ははいてた・・・」を歌い、あやしい人と思われた、ハゲた人をみて何故か「出た出た月がまあるい・・・」と歌った、その人は行ってしまった、エレベーターに鹿児島支社へ左遷される人が乗ってきた、おもわず「かあさんお肩をたたきましょう・・・」と肩たたきの歌詞を歌った、肩たたきで左遷される人がにらんでエレベータから降りた、社員食堂で食器を洗っている、そのアワを見て「シャボン玉とんだ・・・」を歌うなど、童謡を歌うと、友達なくすぞ~

その後、部下は部長に呼ばれる、部長「君は童謡すきか」、部下「いえいえ」、部長「何をどうようしているのかね」、部長「トイレで聞いたのだ、どんぐりころころを」部下「ちょうど出たのでつい・・・」、部長「ところで桃太郎は知ってるかね」部下「知りません」部長歌う、歌の途中で部長「ハイ!」部下思わずその続きを歌う、あげるとやる違いを話す。「あげるのは人間に対して、やるは動物に対して」と話し、家にお父さんが帰ると奥さんは「ポチにエサをあげなくては、あなたには夕食をあげますね、逆だがね・・・がオチ」ハイ!というパターンを何曲かする。焚き火焚き火だ・・・、など。部下「妻が保育士なので・・・」部長「それは素晴らしい環境だな
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by qzr02421 | 2009-03-25 10:59 | 劇,映画その他

縄文人はのんべい?

最古の神社は弥生時代というニュースがだいぶ前にあった。以前は最古の神社は古墳時代初期と考えられていた。鳥取県の長瀬高浜遺跡の遺構のことだ。どうして神社と判断しているのかというと、柱が等間隔で並んでいるからだが、これも状況証拠だ。切り妻・棟持柱の建築らしいと神殿ということになる。神明造りということだ。現在は弥生時代の遺跡で確認できるので、神社は弥生時代からということになるのだ。この説を補強するのが銅鐸の絵だ。

戦争の起源は弥生時代という説があったが、これも縄文時代からという説が登場した。しかしまだ物証がとぼしいらしい。最も弥生の戦争という説も登場したのは昭和初期だから、やがては縄文の戦争も明らかになるかもしれない。弥生の戦争を始めて主張したのは直良信夫さんで、遺跡として証明したのが、香川県の紫雲寺遺跡で石鏃が大きくなり、狩猟用から戦闘用になったと考えられている。

縄文人は毛皮を着ていたといわれていたが、今では平織りの着物を着ていたと考えられている。縄文時代は貧しい時代という説があったが、これらも「三内丸山遺跡」の発見で、そのようなことはないと考えられるようになった。縄文人を原始人と呼ばないというのがいまどきなのだ。また縄文人はのんべいだったとも言われるようになった。

縄文時代に都市があったという説もある。もっとも都市を定義しないといけないのだが。人口がある一定以上いるというなら池上曽根遺跡は人口が1000人ほどと言われているので、都市だろう。それでも都市らしいものは弥生時代の吉野ヶ里という人もいる。
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by qzr02421 | 2009-03-24 10:27 | 歴史

浅見光彦は失業者か?

『内灘夫人』という作品がある。五木寛之が内灘闘争で知り合った男女を描いた作品だ。「私は人間が変わることを責めてるんじゃないのよ、そうじゃなくて、変わることを居なおりみたいに正当化して、過去を平然と否定してしまうようなあなたがいやなの。」妻が夫の生き方に対して疑問を吐露している。

同じように内灘闘争で知り合った仲間が生き方を問い直す作品として内田康夫の『砂冥宮』がある。内田康夫の作品は彼自身の意見と殺人事件がからみ、その間を取り持つが浅見光彦というフリーのジャーナリストだ。フリーのジャーナリストというのは、悪く言えば失業者かもしれない。まあ、定職を持っていれば、浅見のような活躍は出来ないだろう。

浅見光彦は国民年金だろうから、老後はどうするのだろうか。「旅と歴史」などというところの仕事で食べていけるのだろうか。などということを感じさせないような活躍をする。この作品はまず、泉鏡花の『草迷宮』の三浦の大崩壊の記述からはじまる。泉鏡花が立ち寄ったと思われる旧家である「須賀家」を訪ねる。そこで出会った老人が金沢の安宅の関で死体となって発見される。

東京、三浦半島、安宅の関、内灘町、富山の小牧ダムなどを結び、浅見光彦がソアラで旅する、旅しながら謎を解明する。なんと仙台まで足を延ばす。最初は内灘闘争など全然でてこない。あたかも泉鏡花をめぐる殺人というような感じだが、途中から内灘闘争の話がメインとなっていく。内田康夫の作品を読むと、その地に行ってみたくなる。
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by qzr02421 | 2009-03-23 19:17 |
邪馬台国の候補地らしい奈良県桜井市の纒向遺跡で、3世紀前半の建物跡などが発掘されたというニュースがあった。3棟が東西に整然と並んでいるらしく、方位が重要らしい。卑弥呼が活躍した時期とほぼ一致しているので、邪馬台国畿内説をとなえている人たちがよろこんでいることだろう。

このような考古学上の発掘が新聞に大きなスペースでのるようになったのは「高松塚発見」以来のことだ。それまでは地元紙にのるくらいだったのだ。極彩色の壁画の存在がアピールしたのだろう。高松塚と同じように話題になったのが「吉野ヶ里遺跡」の発見だった。開発があると土地が掘り起こされるので、そこで遺跡が見つかるということがほとんどだ。

見つかった遺跡は調査され、埋め戻され、開発が続行されるというのが普通のことだ。結局遺跡は破壊されるのだ。吉野ヶ里が発掘をまぬがれ、公園として残ることになったのは「卑弥呼」「邪馬台国」と騒がれたからだといわれている。それくらい卑弥呼や邪馬台国という言葉には魔力があるのだ。

それ以外の魔力がある言葉としては「最古級」がある。この言葉があると、新聞の見出しが大きくなる。古いモノが見つかってそれが何?とは思うが、重要なコトという響きがあるようだ。現在ある風習が見つかるというのもニュースになりやすい。吉野ヶ里で地鎮祭というニュースもあった。銅戈が水平なった状態で発掘されたので、これは地鎮祭だろうということになったのだが、状況証拠でしかない。文献では日本書紀の持統天皇5年詰まる691年に「新益京を鎮め祭らしむ」とあるので、これで最古の地鎮祭となっているようだ。
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by qzr02421 | 2009-03-23 08:19 | 歴史