本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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大阪市立東洋陶磁美術館は見ごたえのある美術館だ。「やきもの」の展示では日本で一番?のような気がする。中之島の一番東側にある。その美術館の隣には中之島公会堂がある。中之島公会堂に地下には「中之島倶楽部」というレストランがあり、限定200食のオムライスがあるので、食べてきた。味はシンプルなものだった。シンプルが好きなら、美味しく感じるだろう。

ところで、東洋陶磁美術館だが、やきものを見ると、地震があったらどうするのだろうと思っていた。おおきな壷などは壷の中におもしを入れるのだそうだが、それでも大きな地震があったらと心配していた。美術館のホームページに、日本では地震が頻発しているので、作品の保全をはかるために展示内容を、国宝・重要文化財など指定物件を中心に随時変更しているということだった。だから図録やパンフレットに掲載している作品でも展示していないことがあるということだった。3月22日まで『「濱田庄司」堀尾幹雄コレクション』展が開催されている。 濱田さんは「二流三流のもので一流の作品をつくる」ということをモットーにした人だ。指で模様をつけたりして、面白い作品が多い。
 
また、常設展示も素敵だ。日本、朝鮮、中国と多種多様だ。ところで、展示してある「やきもの」とは土を練って成形し焼き固めたもので、材料の土の種類や焼成した素地の硬度、釉薬の有無など条件で、土器、せっ器、陶器、磁器に大別している。でも、この分類の基準は厳密なものではないらしく、各国で定義が違うとのことだった。

土器というのは、土を成形して施釉をせずに約700~800度の低温で焼成したやきものこと。中国では、このような特徴をもつやきものにたいして、陶器という名称をあてているらしい。 せっ器というのは、英語のstonewareの日本語訳で、粘土を成形し、1200~1300度の高温で還元焔焼成したもの。欧米では青磁も含むらしい。日本では須恵器、備前、信楽、常滑などの無釉焼締め陶をさしていうとのことだ。

陶器というのは、ガラス質を少し含んだ陶土を使用し、施釉をして約800~1200度で焼成した堅いやきもののこと。日本では須恵器、備前、信楽、常滑などで広義の陶器として分類している。 それに対して磁器はガラス質を多く含む磁土を使用し、施釉をして約1300度での高温焼成により釉とともにガラスに近い状態となったやきもののこと。中国では歴史的に“瓷”の字を用いており、“磁器”とした場合は河北省の磁州窯産の器の意味をもつことにもなるそうだ。
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by qzr02421 | 2009-02-26 07:34 | 劇,映画その他
一度読んだ本を忘れない人がいる。それを「しまう」という。古事記でも源氏物語でも平家物語でも、一度読んだら、完璧に暗記し、決して忘れることはない。そのような一族が存在し、また、その能力の故に迫害される。

そんな話がある、恩田睦の『光の帝国』の中の『大きな引き出し』という作品だ。この作品を演劇にしたのがキャラメルボックスだ。この劇団のハーフタイムシアターの中の作品だ。ハーフタイムシアターというのは、1時間の劇のことだ。高校演劇が1時間なので、商業劇団も1時間の劇があってもよいだろうと始めたのだろうか。

1時間の劇を間を1時間空けて二つ上演する。もちろんチケットは二枚必要だ。もうひとつの作品は『すべての風景の中にあなたがいます』だ。原作は梶尾真治の『未来の思いで』だ。一つの劇だけの人もいて、それは4000円、二つ見る人は通し券で8000円だ。割引がない?通し券は7000円でもよいだろう!(怒り)

後者の作品は、タイムマシンは出てこないが、時間ものだ。二人の男女が時間を越えて出会う。しかも一回だけ出会って恋に落ちる。しかしその恋の間には時間の壁がある。愛はその時間の壁を越えることができるのか。というような劇だ。見ていると、先が分かる劇だが、まあ、楽しい劇だった。劇は楽しいのが一番だ。暗く、最後はみんな死んでしまう劇は・・・

大阪公演はサンケイホールブリーゼだった。2月19日から22日までの4日間、東京公園は3月5日から29日まで新宿FACEだ。キャラメルボックスらしい動きのある、元気で、少し涙のある作品だった。
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by qzr02421 | 2009-02-25 10:30 | 劇,映画その他
ネットでホテルを予約することが多いのだが、結構安い値段で、有名な?ハイクラスなホテルに泊まることができる。別に寝るだけだから、どんなホテルでもよいのだが、同じ値段なら、高級なホテルに、たまに泊まるのもよいのだろう。一人なら、駅から近いビジネスホテルに泊まることが多いが、妻と行くときには、ちょっとランクの上を予約したりすることがある。

「天満天神繁昌亭」で落語を楽しんだあとは、そのネットで予約した「リーガ・ロイヤルホテル」に向かった。ネットでは2500円の朝食がついて、一人一泊、なんと7000円なのだ。京阪が中之島なで開通した記念料金ということだ。それで、京阪に乗って、中之島で下りた。雨に濡れずにホテルのフロントに行くことができる。実に便利だ。

このホテルは高級感があるのだ。フロントに行くと、「すみませんが、ツインがありません」と言われた。「え~」泊まれないの?とビックリしたら、さらに「スイートルームでお願いします」と続いた。心の中で「同じ料金でランクアップの部屋なのだ」思った。どういう都合が、たまに、こういうことがある。ラッキーなのかどうかはよく分からない。別にスイートルームといっても、一泊するだけなので、そんな会議室のような部屋があっても使わないのだ。

それでも、それしかないというので、その部屋に向かった。確かにスイートルームで、ツインベッドルームと、会議室があった。よかったのはトイレが二つあることだ。横浜でコンチネンタルホテルで泊まった時には、風呂が二つあった。二人で泊まるだけで、風呂が二つあっても仕方がないのだ。

ベッドは硬くて寝やすかった。フワフワにベッドは腰が痛くなるのだ。ホテルの値段はともかく、寝易いベッドがあるのが一番だと思う。このホテルは素敵だが、大阪駅から遠いのは不便だ。それでも大阪駅とホテルのシャトルバスがあるので、それはそれで便利だ。ともかく、快適に過ごすことができるホテルだった。また泊まってみたいホテルの一つだ。
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by qzr02421 | 2009-02-24 12:56 | 旅行

童謡酒場

最近に落語ブームという話だ。落語より漫才ブームだろうか。テレビを見ると、漫才師がクイズ番組などのよく出ている。ギャラが安いのだろうか。それはともかく、タレントに比べれば、トークはするどいものがある。演技も達者のようだ。しかし、どのテレビ局も同じような番組ばかりというのは、ちょっとという感じがする。

ところで、大阪に「天満天神繁昌亭」という、上方落語を聞くことができる、また見ることができる小屋がある。昼席は、2000円で、13時から16時まで楽しむことができる。3時間で10人の落語、漫談などを聞くことができるのだ。一人200円ということだ。安いものだ。

ということで、「天満天神繁昌亭」に行ってきた。12時半に、チケットに記入してある番号順に入場するのだ。席は120席くらいだろうか。落語を聞くには丁度よい、広さだ。林家染太、桂都んぼ、桂枝光、ナオユキ、桂吉坊、桂小春団冶と続いて中入り、その後川上のぼる、桂枝女太、桂蝶六、桂三枝で終わりだった。

それぞれ味のある芸で楽しむことができた。客層は年配の人が多いので、早口の落語は聞きづらいような気がした。桂三枝は、年をとったなあという印象だったが、話は「間」がとてもよく、楽しく聞くことができた。「童謡酒場」という話だった。最近学校は「童謡」を歌わないということで、童謡は季節感があってよいということだった。年配の人に丁度よい話題という気がした。
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by qzr02421 | 2009-02-23 21:01 | 劇,映画その他
本の題名は、気になる題というのがポイントだと思う。最近の犯罪を分析した本で『悪魔のささやき』という題名の本がある。普通の人が、ある時、殺人や万引きをするのは、そのときに「悪魔がささやいている」からというのだろうか。『平安京のニオイ』と『悪魔のささやき』の二冊とも図書館で見かけた本なので、読んではいない。題名を見て、内容を想像するのが楽しいというだけだ。

養老猛司の『読まない力』は、この本を読んで欲しいのか、読まずに内容を考えて欲しいのかが分からない題名だ。本の帯には、「先を読まない」「言葉を読まない」すると現代日本を取り巻くシステムが見えてくるとある。先を読まないとはどういうことか、言葉を読まずに本が読めるのかなどと、気になると、この本を読むことになるのだろう。上手なネーミングだと思うが、読まない力はやはり、この本を読まずに、自分で、考えるというのが正解だと思う。

『日本にオバマは生まれるか』という題の本もある。これもオバマ人気にあやかった本だろう。政治体制が違うのだから、グローバルといっても、日本の伝統の則った政治を追求したほうが良いと思うが、アメリカ頼みだと、このような発想の題名の本が売れるのだろう。オバマの演説の本も売れているようだが、オバマの演説を読んでも、日本とはシステムが違うのだから、日本のゆく道は、日本人自身が考えなくてはいけないと思う。

ところで、新聞に週刊誌の広告が載っている。あれを見て、どのような内容かを考えるのも好きだ。新聞の見出しを見て、どんな記事が想像してから、リードの文章を読むのも好きだ。受け売りではなく、自分で考えることが大切だろうし、自分の考えの元となる記事をしっかり把握することも大事なことだ。出典をあきらかにするということが重要だということだ。」
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by qzr02421 | 2009-02-20 07:11 |
花粉の季節が来たという。私はまだ、花粉症ではないと思っているが、外に出ると、目がかゆいような気がする。ような気がするだけで、かゆいわけではない。鼻水がでるわけではない。しかし、なんだか花粉のニオイがするような気もする。『平安京のニオイ』という題に本がある。平安時代はどのようなニオイがしていたのか気になる。ニオイフェチということがもあるが、人間にとってニオイというのは、気になるものだ。

自分の家のニオイは気がつかないものだ。よく、生徒に「自分の家のニオイを知っていますか」と問うことがある。最近は「ニオイ消し」商品も売られている。自分の家のニオイは気にはなるが、どのようなニオイか分からないのが普通だ。「かえったら、玄関を開ける前に、深呼吸して、息を止め、ドアを開け、ニオイを嗅いでみると、分かることがある」と言っている。結構、意識してドアを開け嗅いでみると分かるものだ。

25年ほど前、沖縄に行ったとき、那覇空港に降り、空港の外に出たとき、沖縄のニオイを感じた。その後、何回か沖縄に行き、空港の外に出たとき、そのニオイで、沖縄に来たんだということを実感したものだ。ニオイという感じは「臭い」と「匂い」があるが、沖縄の南国のようなニオイは「匂い」という、心地よいニオイだった。昨年沖縄に行ったが、そのときは、その沖縄の匂いを感じなかったが、それはどうしてだろうか。

台湾に行ったときも、台湾のニオイを感じた。この台湾のニオイは、台湾のパン屋でパンを買い、そのパンからもした。コンビニ(台湾はコンビニがたくさんある。スターバックスももちろんある。とても便利だ)で台湾のビールを買い、そのビールを飲むと、また台湾のニオイがする。別に嫌いなニオイではない。台湾のいるということを実感できるニオイだ。
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by qzr02421 | 2009-02-19 11:10 | 旅行
これを聞くと死ぬというおそろしい話がある。その話の題は「牛の首」という。しかし、話の題名だけが伝わっているだけで、話の内容は誰も知らないのだ。なぜなら、話の内容を知っていれば死んでいるからだ。誰もしらないのは当然だ。しかし、話の題名だけは伝えられているのだ。どんな話だろうか。興味はあるが、死にたくはない。

『落語娘』で、この話をしたら死ぬという話が出てくる、その話とは「火扇長屋」だっただろうか。この映画のなかで、この話を演じるのが津川雅彦だが、結局は、話のオチを話すことなく、この落語は終わる。この話のオチを誰も知らないというのが、ミソだろう。何故、話をオチを知らないのか、話をオチを津川雅彦が読まなかったからだ。読んでいたら、この落語を演じることはないのだ。

白石加代子が「百物語」を演じているが、この話も怖い話しばかりではない。それなりの話題作も扱っているようだ。それでも「百の話」が終わったときには、とんでもないことがおこるといわれている。まあ、世の中には不可思議なこともあるのだろう。ところで白石加代子の「百物語」は90話の大台の手が届くらしい。トンデモないことがやがてやってくるのだ!

ところで、「牛の首」の話は『文学外への飛翔』の中に「題名だけ」が書かれている。この本の著者は筒井康隆だ。彼が演劇に関わったことが書かれている。俳優と作家という二面性が書かれている本だった。演劇の関心がある人なら楽しめる本だと思う。
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by qzr02421 | 2009-02-18 16:21 |
自分の音響の劇が1月にあり、妻の劇が2月にありということで、忙しい日々だったが、ともかく劇が終わって、気が抜けたような気がする。こういうときに病魔が来るといけないので、緊張しなくてはと思いながら、それでもホッとしている今日この頃なのだが、花粉も飛んでいるようで、また新たな一年が始まるということでもある。

ところで、名古屋は芸どころというが、これは自分が芸をしたい人が多いということのようだ。劇を見に行くと、劇のチラシがたくさん入っている。しかし、劇を見に行くと、客が少ないということも多い。劇をしたい人の方が多いということのようだ。もっと、劇を見に行くという人を多くしないといけないのだろう。自分の劇は見て欲しいが、人の劇は見ないという人も多いのだ。接触変性作用という言葉がある。人を変えることは難しいが、自分が変ることによって、人も変ることがあるということだ。劇を見たいという人が多くなることを祈りたいものだ。

今,名演会館で「Beauty うつくしきもの」という映画を上演している。長野の村歌舞伎を廻る人間関係を描いた作品だ。昭和10年から話が始まる。第二次世界大戦の悲劇も出てくる。長野では多くの人が満蒙開拓団として、満州に渡り、帰ってこないということがあるのだ。それも描かれている。また、長野の村から戦地に行った人の半分は死んでしまったのだ。そのようなことも描かれている映画だ。

上方歌舞伎の片岡孝太郎などが好演をしている。今ひとつ、なぜこの人が生き残ったのかという疑問は残るが、信州の自然のよさもよく描かれている。戦争の悲惨さ、歌舞伎を大事にしている村人など、感動するシーンも多い。007のような派手さはないが、考えさせられる映画だと思う。男と男の愛?もよく描かれているように感じた。見て、損はない映画だと思った。
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by qzr02421 | 2009-02-17 21:47 | 劇,映画その他
エレベーターのドアが開いたので、乗ろうとしたらかご(あのエレベーターの乗り物はかごというらしい)がなくて、そのまま下に落ちたという事件があった。ドアが開けば、乗るだろう。これは大変な事件だと思う。自己責任という言葉があるが、この事件は自己責任といえばその通りだが、しかす、何人の人が、ドアが開いて、かごがあるかどうか確認するだろうか。

最近の人は、安全を確認するという意識が少ないように思う。それだけ安全な社会に生きてきたということだが、時代の変化で、危険が増しているような気もする。交差点の角で、車や自転車を確認しない人も多い。結構出会い頭の事故は多いようだ。安全というものがなくなっているということだ思う。

私は、信号が青になっても、すぐに道を横断するということはしない。何人かが横断してから、渡るようにしている。いっそ、赤信号で、注意して横断したほうが安全だと思える。自己責任というものは、安全が確保できていえることだと思う。信号が青で横断して、事故の合うということは、あってはいけないことなのだ。それが安全ということだ。安全が確保されている場合に、自分の責任で事故に合えば、それは自己責任だと思う。

派遣切りで、自己責任論をいう人がいるが、安全がないところで、自己責任論をいうのは場違いだと思う。競争すれば、負ける人がいる。負けた人をどのようにフォローするのかが、社会全体の役割でもあり、責任だと思っている。勝者も、いつかは敗者のなる可能性があるということを考えることが必要なのだ。
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by qzr02421 | 2009-02-16 22:47 | 日常

濃い3日間だった

今年は雪が積もらずに終わるのだろうか。雨のあとは温かくなった。静岡では25度になるとか。春一番も吹いたとか。気象が異常ということか。異常といっても、人類の記録のある時など、短い時間だろう。りあ王二日目。最近の劇は昼が混むようだ。夜は人の出が少ないという傾向にあるようだ。2時からの部はほとんどの席が埋まる状況だった。夕方は余裕があった。その夕方、芝居を客席ではじめてみた。なかなかの芝居ということが分かった。

黒子をしているので、後半は客席で見たことがなかった。今日の夕方、初めてこの芝居を全部通して見て自分のしていることが了解できた。声だけでは分からないことがあるのだ。りあ王を1時間40分ほどで演じるのだ。それはそれなりに楽しめる劇だということが分かった。

そのりあ王3日目、最終日だ。日曜日ということもあって、たくさんのお客さんが来場した。なんと立ち見になってしまった。今回は花道があるので、いつもならある席が10席ほどない。立って1時間40分の劇を見るのはつらいだろう。最終公演は、役者さんも力が入っていて、演技を溜めるような感じがあった。一人は1秒溜めても、全体では何分か時間がのびるようだ。1時間50分ほどになったようだ。映画と違って、演劇の面白いところだ。楽しい3日間が終わってしまった。濃い3日間だった。
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by qzr02421 | 2009-02-16 10:18 | 劇,映画その他