本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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セックスと精神分析?

茂山良暢さんの狂言の説明を続ける。狂言は平安時代に神に捧げる舞いとして始まり、つまり猿楽だが、その中で、喜劇を扱うのが狂言、悲劇を扱うのは能というように分化したようだ。また、これはギリシア劇も同じで、ギリシア劇も悲劇と喜劇がある。

ギリシア劇で悲劇といえば、『オイディップス王』だ。狂言の話題から離れるが、いま読んでいる『高校生ための精神分析』という本に、エディップスコンプレックスについて書かれている。この本の題名は穏当だが、目次は大胆で、内容ももっと大胆で、何かわかってようで分からない本だ。

この本の第2章は「セックスと精神分析ってそもそも両立するものなんですか?」第3章は「ママとセックスしたい!?」というものだ。目次が大胆だと、電車で読んでいて、何か恥ずかしい思いがする。恥ずかしいと思うのは、精神分析的に言えば、何か深層心理で抑圧しているものがあるからだろうか。

第4章は「男根とは鉄人28号のリモコンである」というものだ。内容は大胆だが、きちっと精神分析についての説明はしっかりしてある。精神分析と性とは切っても切れないということがよく分かる本だ。やっと半分読んだところだ。精神分析について知りたい人にはお勧めの本だ?!
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by qzr02421 | 2008-10-31 06:36 |
能や狂言のような伝統芸能に対する興味はどれくらいの人がもっているのだろう。演劇やクラシックコンサートに比べると年配の人が多いのだろうか。キャラメルボックスの劇は若い人が多いように感じる。クラシックコンサートと演劇では客層が違いようにも思える。どう違うのかはなんとも言えないが・・・

京都には茂山家という狂言師一門がある。狂言一門は茂山家の大蔵流と和泉流、鷺流の3派があったそうだが、明治維新でスポンサーあるいはパトロンを失い、3派とも没落しかけたが、2流は残り、鷺流は断絶したということだ。そのような、話を聞きに大学コンソーシアム京都主催の「伝統芸能に近づく」という講座に妻と行った。

第二回目なのだが、本日は「狂言を楽しむ」という演目で、茂山良暢さんの狂言の説明と実演「仏師」というものだった。和泉流に比べると、話の流れはほぼ同じなのだが、テンポが速く感じた。またセリフまわしはやはり関西弁のようで、おかしさ、つまり吉本のような乗りを感じた。つまり、おかしさが強いということだ。乗りがよい分、笑いもあるということだ。

実演に先立つ茂山さんの話は興味深いものだった。狂言の太郎冠者に装束をつける過程を実演した。狂言や能の演者同士が、装束を付け合うのだそうで、装束を着させることができないと一人前でないのだ。狂言の足袋は黄色などで、かつての毛皮の名残があり、大蔵流は鹿皮であったので、縞模様のある黄色い足袋を履くのだそうだ。
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by qzr02421 | 2008-10-30 14:42 | 劇,映画その他
フィンランドの駐日大使の話を聞く機会があった。コリーンという人だが、上品な話し方をする人だ。気品というものを感じた。フィンランドは日本の人口の25分の1ということだ。つまり、500万人弱ということか。愛知県の人口より少ないのだ。原発が4基だそうだ。日本は55基だから、割合から言えば、フィンランドが多いのか、日本が少ないのかどちらかだろう。

フィンランドはロシアと接している、これは日本と同じだという。ロシアとの付き合いは大変というニュアンスを感じた。ロシアから天然ガスを輸入しているのだが、これ以上ロシアからの天然ガスの輸入を増加させるという方針はとらないそうだ。ロシアとの付き合いは大変ということらしい。

フィンランドで有名な人物は、サンタクロース、ムーミン、シベリウスということだ。ンフィンランド人日本人と同じで、静寂を楽しみ、静けさに耐えることができる民族だということを言っていた。

北欧で唯一ユーロを導入し、物質的精神的な豊かさで第3位で、それでも失業率は6.2パーセントもあるということだ。福祉国家であり、社会的市場経済を導入し、合理化も進んでいるということだ。不思議な国だという印象を持った。

日本と違い国内市場が小さいので、それなりの工夫が必要だということだ。フィンランドは北にあるので、太陽光発電は無理だし、それ以外に、風もつよく吹かないようだ。つまり風力発電も実用化されていないということだ。フィンランドは原子力を導入したが、それは再生可能なエネルギーの一部をさらに開発するというのが条件だそうだ。
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by qzr02421 | 2008-10-29 17:11 | 劇,映画その他
ヤマハの話は、ヤマハの創業から始まった。オルガン製作からの歴史だ。創業者は山葉寅楠という人物ということだ。山葉からヤマハという名前になったのだ。1888年創業ということだから、枢密院設置の年だし、翌年には大日本帝国憲法が発布したのだ。

話している人が、元気がなく、ちょっと暗い感じがした。せっかく良い話も少し残念という気がした。ヤマハのスローガンは「感動を・ともに・つくる」ということで、これはカルチャースクールなどでの授業の方針ともつながるものだと思う。「感動」これは重要なこことだ。感動を忘れたら、生きていないと同じというような気がする。感動はともに感じ、それを伝えるということも重要なことだ。

感動を作るという、この自信がヤマハの存在を輝かしいものにしているような気がする。お客様のために、よい商品の提供というのも方針のようだ。顧客主義・商品品質主義というらしい。講義を聴いてくれる人のニーズを無視しては講演はできない。さらに、講演の質の向上は言うまでもないことだ。

楽器の販売は売るだけでは終わらないという。売ってからのアフターサービスが重要なのだろう。それを面倒くさいと感じたらおしまいということだ。その面倒くさいことがビジネスチャンスと捉えることが大切なことだというのだ。客の目線でものを見ることの重要性も指摘していた。

「客の予想を裏切る」ことを目指しているという。客の思う以上の品質を実現するということだ。話している人は暗いが、話の内容は、なかなか重要なことを言っていることは分かる。感動の重要性、それを伝えるあるいは感動を作るということ、客の予想を裏切る高品質ということなど、参考になる話だった。
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by qzr02421 | 2008-10-28 20:27 | 劇,映画その他
朝日新聞は「東海の技」という連載をしているが、それにあわせて、「東海の技」講演会というものも開催している。10月23日に第何回かは分からないが、100円ショップのセリアとヤマハに中国展開に関する講演があった。

100円ショップの業界第一はダイソーで、セリアは第三位で、今後は2位になるといっていた。7000億の市場で、ダイソーが3200億、セリアは632億ということだった。ダントツで業界の王者はダイソーのようだ。だたダイソーは100円以外の商品商品も扱っていて、本当の意味での100円ショップはセリアだということだ。

どうして100円でできるのかというのが疑問だが、決して品質が悪いわけではないとのことで、400円くらいの商品を見ると、100円でできるはずだと思うというのだ。100円でできるのは、問屋を通さず、工場から直接仕入れることと、全品買取・全品売り切り、広告をしない、大量に販売するのだが、大量には注文しないなどの工夫でできるというのだ。

日本の工場でブラジルの人などが工員で作ったものが、メイドインジャパンで、中国で日本の技術で、日本の指導で、中国の人が作ったものが、メイドインチャイナというのだが、そのように作った日本の製品がジャパンであるなら、中国での商品もジャパンといってもよいのではないかというようなことを言っていた。なるほどそういう観点もあるのかと思った。

100円ショップでの売れ筋は、乾電池・折り紙・割り箸・綿棒・ガムテープ・紙コップで、最近ヒット商品はケイタイのデコレーションパーツ・紫外線防止用品・ハロウィン商品・つけまつげ・充電器と充電池で、最近クリスマス商品よりもハロウィン商品の方がよく売れているそうだ。
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by qzr02421 | 2008-10-27 10:43 | 劇,映画その他

お寺を巡るという戦略

西国三十三所は那智山青岸渡寺から始まる。青岸渡寺は伝承では4世紀の仁徳天皇の時代に天竺から渡来した裸形上人による開基とされている。インドから僧侶が来るというのが素晴らしい伝承のような気がする。鑑真でさえ、苦労して来日し、目が見えなくなるというのに、インドからどのように来たのだろうか、あるいは中国より仏教発祥の地であるインドからというのに価値があるのだろうか。

その上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音を本尊として安置したという。後に6世紀末くらいの推古天皇の時代に生仏聖という人が伽藍を建立し、丈六の本尊を安置して、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたという。丈六というのがポイントとなるだろう。

二番目が紀三井寺、そして国宝『粉河寺縁起絵巻』で有名な粉河寺と続き、ボタンで有名な長谷寺、興福寺南円堂、6月にはアジサイで綺麗な三室戸寺、紫式部が『源氏物語』の構想を得たという石山寺、清水寺(同じ名前の寺が兵庫県にあり、京都は16番で、兵庫は25番目だ)、六波羅蜜寺、六角堂、総持寺、長命寺、最後は谷汲山華厳寺で満願となる。三十三ないのは、行ったことがある寺だけを書いたからだ。

信仰心が深いわけではないが、機会があったら、これ以外の三十三所のお寺を訪ねてみたいものだ。四国八十八所より、名古屋から近いから、行くことが可能のような気がする。旅はぼ~と下調べをせずに行くのも楽しいが、お寺を巡るという戦略があるのも、また楽しい思う。
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by qzr02421 | 2008-10-26 16:44 | 旅行
法華経には、観音菩薩が三十三通りに姿を変えて、人々をあらゆる苦難から救済すると説かれているそうだ。観音信仰は過去の人々から現代に至るまで信仰している人が多いようだ。日本人は無宗教といいながら、心のどこかに、何らかの宗教心があると思う。

何かあると「なまんだぶつ」つまり「南無阿弥陀仏」と唱える人がいる。阿弥陀信仰をしているということだ。「なむかんのんさま」というのあ「南無観音菩薩様」ということで観音信仰ということだ。「バチがあたる」「お陰様で」などという言葉もある。

ところで名古屋市博物館で「特別展西国三十三所 観音霊場の祈りと美」展を開催している。10月18日から11月30日までだ。京都の「蒔絵」展は初日の10月18日に言ったが、同じ日なのでこちらは、10月22日に行った。展覧会は早い時期に行った方がすいているという原則に則った行動だ。

水曜日の午後3時ことということで、人はまばらだった。ゆっくり見ることができた。仏像などを横から、後ろから見ることができるのは博物館ならではのことだ。学芸員の工夫でライトが見るべきところにあたっているのが、なかなかよいことだ。

見落としの無いように十一もの顔をもつ「十一面観音」や救い漏れの無いように百発百中の投げ縄を持つ「不空羂索観音」などの像が展示されている。飛鳥時代の小さな仏像から、平安から南北朝までの仏像は素晴らしいの一言しかない。最初の部屋では、西国三十三所巡礼の信仰の対象である観音菩薩の様々な姿を仏像を中心に展示されていた。
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by qzr02421 | 2008-10-25 18:41 | 劇,映画その他
名古屋の港区に「日本独楽博物館」というのがある。名古屋にあるのだが、日本という名が被さっている。名城線の「築地口」で地下鉄を降り、そこから西に歩き始めた。西の1キロほどを右に回ると、そこにその博物館がある。

この博物館には、世界中から集まったものが多いが、日本のものなどが、100種以上もの独楽がある。日本の「投げごま」のまわし方や技の紹介、国内外の珍しいこまや伝統芸の曲独楽を大道芸風に披露してくれるそうだ。

江戸時代の物売り風景を再現して、現代っ子に「伝承遊び」の楽しさを知ってもらい、創造力豊かなこどもに育って欲しいとの思いで制作しましたということだ。ここでの演目は「こま売り」「けん玉売り」「吹き玉(シャボン玉)屋さん」「手車(ヨーヨー)売り」「手まり売り」「竹すだれ(南京玉すだれ)売り」「竹返し売り」なのだ。

入館料は、寸志という感じだ。結構楽しい品が多い。昭和のおもちゃが好きな人には楽しい場所だと思う。
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by qzr02421 | 2008-10-25 08:35 | 劇,映画その他
今日の奈良大での学芸員の実習は、「梱包の実習」だ。「掛け軸の梱包」と、「仏像の梱包」の実習をした。掛け軸は、掛け軸自身ではなく、掛け軸を入れた箱の梱包をした。箱をクラフト紙と防水紙で包むのだ。梱包の基本は、「梱包ではなく、あとで開け易くする」ということだ。梱包すれば、当然開梱するのだ。「開けるということが基本」で、仕舞うという行為があるということを十分理解することが重要なことだ。

おそらく、「開けた時に違和感がない」ということが重要なことのような気がした。「結果を気にした行為」ということが重要なことということだろう。やればよいというものではない。どのような結果をもたらすかということを考えた行動が求められているということだろう。

午後は、「綿枕」というものを作る実習と、それらを使い壷などを梱包するという実習をした。「美術品は値段ではない」というと、所有者にとっては、贋作でもそれは宝なのだ。実習をするとき、これは模造品だから、気軽にできるという思いがあるが、それは大きな間違いだということだ。

模造品でも、1億円の物でも、そのどちらでも、それなりに重要なものだ。値段ではなく、「それは世界で一つしかない物」だという思いで、物を扱うことが大切なことなのだ。それは、人間でも同じだ。同じようの見えても、その人や物は世界で一つしかないということは真実だろう。
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by qzr02421 | 2008-10-24 11:23 | 奈良大
京都をあとにして、大阪に向かう。5時開演の「黒部の太陽」を観劇するためだ。石原裕次郎の伝説の名作が舞台化されとものだ。一場の最後に、本水を使い、黒部のトンネルの出水を再現していると言うことで有名な劇だ。

石原裕次郎の役を中村獅童、三船敏郎の役を神田正輝が演じた。劇は、当時の五社協定を破り、この映画を作ろうとした二人と、実際の映画の場面という二つを描いている。ところでころで映画のシーンも入り、楽しめる作品だったが・・・中村獅童と裕次郎の間の違和感を感じた。神田正輝役の人物に娘が二人いて、長女と獅童が恋人同士になり、次女が白血病になる。次女は黒四のトンネルの破砕帯が抜けることができれが、自分の病気も治ると信じ、破砕帯を抜けたあとのパーティで・・・

5時に始まり、8時10分の終わるという劇だが、今夜のホテルは奈良の西大寺で、しかこのホテルの門限は10時なのだ。劇は梅田だ。カーテンコールまでいたら、10時ぎりぎりになってしまうだろう。夕食やビールも買いたいし・・・終演が気になって気になって・・・
カーテンコールを見ずに、飛び出し、梅田へ、難波へ、そして西大寺へということで、買い物をして、10時少し前にホテルに着いた。

梅田から西大寺は、電車があれば、一時間半あれば着くのだろうか、電車の時間がわからないので不安だった。ともかく、ホテルに着き、シャワーを浴び、ビールを飲んで、今日一日を振り返った。一日は早いものだ。
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by qzr02421 | 2008-10-23 14:00