本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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今日の朝日新聞の社説に、「人類が突然いなくなったとしたら、この地球はどう変るのか。」ということが書いてあった。「都市はツタや樹木で覆われ・・・千年後には・・・原始のような森と小川が戻る」とあった。人類の存在が地球に一番悪いということだ。地球環境問題を騒いでいるのは、人類が滅びるのが嫌だからだ。人類のわがままとういことだ。そんのことで、古代史に関する本を三冊読んだ。

まずは、古代オリエント史の本だ。B.C.1500年以降の混乱期が面白いようだ。混乱期が今の私たちは興味を持つようだ。安定した時期は事件が少なく、混乱も少ないため、興味を引かないように思う。ところでメソポタミアにおけるシュメールの位置づけをする必要があるようだ。「歴史はシュメールから始まる」という言葉を伊達ではないと思えてきた。このシュメールから地球環境の悪化は始まって、産業革命でさらに悪くいて現在に至っているのだ。

次は古代エジプト史の本だ。王朝はメソポタミアと同様過去の歴史家が王朝順をきめているようだ。古王国、中王国、新王国も同様だ。日本人の人気の高い時代である。特にピラミッドに対する興味が凄い。ピラミッドについては分からないことが多い。というよりこの時代全般分からないことが多いのだ。分からない時代のほうがロマンを感じるものなのかもしれない。ピラミッドは南極に住んでいた宇宙人が作ったという説がある。その宇宙人は滅びたのか。人類も滅びるのではないのか?

最後は『古代文明は何故滅んだのか』という本だ。古代の文明が衰退し滅亡するのは、気候変動や地震が関係するという。それらによって、食料危機、旱魃、飢饉などが生じることが原因とする。またその旱魃などによって民族の移動が始まる。危機の陥った地域の民族が豊かで繁栄している古代国家に地域に侵入する。王国の衰退期や旱魃の影響で衰退していた為、混乱し、古代国家が滅亡するというのだ。一理説である。

イスラエル王国はダビデ、ソロモンの時代に繁栄をするという。この王は結構悪辣の王のようだ。このあと混乱期があってアッシリアや新バビロニアによって征服される。征服ということばをよく使うが、侵略した軍隊が少数になれば、反乱がおきてもおかしくはない。そこで、指導者層を強制移住させるという方法がある。バビロン捕囚というわけだ。あるいは現地人に支配を任せて、貢納させるという方法がある。これがアケメネス朝の温和な支配である。小さい国は国際関係で大変な思いをしているはずだ。アケメネス朝の勢力下にいようかと考えてもおかしくない。苛酷な支配と温和な支配というわけだ。

悪逆非道な歴史を学べば、人類はいつか滅びるとしか思えないのだ。人類の滅亡こそが一番地球にやさしいのだろう。
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by qzr02421 | 2008-04-30 18:01 |
 体調が良くない。鼻炎か?鼻水が!大変だ!鼻をかみかみ、『表現力のレッスン』を読む。鴻上尚史著だ。彼のワークショップの例が書かれている。基本は、感情→表現ではなく、表現→感情という流れを重視するということだ。

 声と出会うというレッスンが面白く感じた。声が共鳴する場所は5つある。鼻、口、頭、のど、胸だ。ハミングで共鳴する部分を確認する。そして鼻から胸まで順番の移動させていく。

 鼻腔で共鳴させるのオペラ歌手と平幹二郎、口で共鳴させているのは田中邦衛とクレヨンしんちゃん、頭で共鳴させてるはのピンクの電話とクロちゃん、のどで共鳴させているのは中井彬だそうだ。何か楽しい感じだ。

 声のレッスンは、声の大きさ、高さ、速さ、間そして声色を意識して変えていくというものだ。大きさでは三つの大きさで文章を読む。大声(今までの出したことがないような大きな声、近所迷惑だ!)、ふつうの声、できるだけ小さい声。このことを通して自分の体を意識していくのだ。

 声の高さは普通の人は3パターンだそうだ。固定電話に出るときの外向きの高い声、普通の会話のときのふつうの高さ、そして本音の声の高さ。本音も声の高さは低いのだ。人は本音を語ろうとするとき、声は低くなる傾向ある。本心と離れたことを話そうとするときは声の高さが高くなる。

 男が嘘を見破られない方法。女性の目を見つめ、そらすことがなく、低い声でゆっくりいうということが大切なことだ。女性は、目をそらして、同じく低い声でゆっくりだ!
あがると声が高くなる。このような経験はよくある。この時、落ち着こうと感情を優先するのではなく、低い声でゆっくり話そうとすることだ。これが表現→感情の極意だ。

 嘘を見破られない方法は実はもうひとつポイントがある。それはこの本を読むと分かる?男が女性のあやまる時の極意がある。それだ!
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by qzr02421 | 2008-04-30 13:05 |
柳原可奈子がテレビで言っていた。電車に乗った時、イアホンをして音楽を聞くフリをして、人の話を聞くのだ。その話をメモするために、ケイタイでメールを打つような行動をするのだ。メールを書いているのではなく、聞いている話をメモしている。

そこで聞いた話を、ネタにするのだ。賢いやり方だ。この間、女性の会話で「東京のハトってセコクナイ」といって次の話題を期待していたら、違う話題になり、そのセコイハトのついて知りたいというのだ。話の盗み聞きは、楽しいだろう。

私も、博物館や美術館では、会話しているのを聞くことが多い。結構面白い話をしている。メモを後からするので、話の内容を忘れることも多い。ケイタイか?博物館では無理だよね。

博物館などではメモは鉛筆のみだから、メモをするフリをすればよいが、鉛筆を持っていくのをよく忘れるのだ。ボールペンではダメだしね。これからは鉛筆だ!ところでボールペンの発明は凄いものらしい。ケイタイでメモもスゴイよね。

中世や近代では、字を書くという行為は、大変なことだったのだ。日本では矢立て?があるが墨だよね。結婚式などで、名前を筆ペンで書けというように、筆が置いてあることがある。結構、筆の前で。みんな「私は筆は苦手で」なんて言っている。

ヨーロッパは羽ペン?インクはなにかな?ともかく、簡単に字を書くことができる文化というのはスゴイということだ。3色のボールペンを購入したが、ブラックだけでない。でないのだ。ボールペンを買って、インクがでないことが、たまにある。非常にショックなことだ。
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by qzr02421 | 2008-04-29 18:35 | 日常
鴻上さんの『ドンキホーテのピアス10』を読む。添いの寝のアルバイトというのがあるそうだ。寝ずにずーと話を聞くだけ。客が寝てもずーとみつめてるということだ。それで7万円だ。夜中ずーと起きているのが辛いだろうな。でもそれだけで一晩7万円だよ。面白いバイトがあるものだ。

『10年後の結婚しないかも知らない症候群』を読んだ。女性の生き方は多様になったということだろうか。男の社会から半独立していく過渡期だと思う。これからまた十年、どのような変化があるのか楽しみのような怖いような感じだ。

『葬祭の日本史』を読む。葬儀屋という仕事はいつ生まれたのだろうか。都市化がすすみ霊柩車が登場するまで、日本で葬式といえば「葬列」を指していたのだ。川上音二郎の葬列が例にとられてる。彼の葬列は帝国劇場から始まる。臨終の時、病院から帝劇に運ばれそこで息を引き取ったのだ。

 葬列に革命的演出を加えたのが大阪の鈴木勇太郎である。東京では「いろは大王」といわれた木村荘平がいた。現代は火葬場にも工夫が加えられている。800度くらいでないと遺骨が綺麗に残らないらしい。厚い本を副葬するとそのままの形残ってしまうという。副葬品もよく考えないと危ないらしい。特にペースメーカーは爆発する。地震等で大量に火葬する場合は大変らしい。かつては野辺のおくるで、野焼きをした。サンマイ太郎という地域がある。

 三昧聖の起源、行基が開祖? 葬儀と空也、一遍との関わり、踊念仏と葬儀、浄土真宗は葬儀にあまり関心がない、禅宗を民間普及させたのは葬送儀礼、湯灌サービスとエンバーミングなど。日本は骨まで愛するが西欧は遺体は抜け殻、魂は別にある。霊肉二元論か霊肉一元論か。
 
 葬儀はかつては地域で行なうものだったのだか、今は家単位になっている。家では葬儀方法が伝承されないので、葬儀屋頼みになる傾向がある。葬儀に形があるわけではないので死者を弔う気持ちがあればある程度のことは許されという。死んだということを家族が受け入れるところから葬儀は始まるのだ。火葬場で骨をとり、埋葬して一連の儀式が終了するのだ。
  
 葬式仏教と軽蔑した言い方する場合があるが、それでは死をどのようにしていけばよかったのか。死を仏教が引き受けたということを考える必要があるという観点で書かれた本のような気がした。いい視点であると思う。葬式仏教という言葉を改めて考え直すいい機会となった。
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by qzr02421 | 2008-04-29 12:21 |
大阪の宿はじゃらんで予約した。泊まったのは大阪厚生年金会館だ。ツインの料金は7800円、朝食バイキングは一人950円だ。ふたりで税込みで9700円という値段だ。じゃらんの口コミでは、「部屋が狭い」「テレビが映らない」「洗面や風呂の排水が悪い」「値段からかんがえればよい」「厚生年金会館の劇を観て、すぐホテルというのはよい」「近くにコンビニがあって便利」などだった。

テレビは映った。よかった。排水は悪いが、水があふれるわけではない。二人続きて風呂の入るのはできないようだ。部屋は確かに狭い。コンビニでビールを買って飲もうとしても、場所がない!値段とういうことだろう。確かに劇を観て、コンビニでビールなどを買って、シャワーを浴びて、ビールというのはよいホテルだ。

部屋の冷蔵庫がないというのは少し不便だす、今時、冷蔵庫がないホテルも珍しい。朝食は950円にしてはよかった。じゃらんの口コミでは「遅く行ったら、スクランブルエッグが干からびていた」というのがあったので、7時に行った。人が少なく、順調に食事をすることができた。

厚生年金会館は閉鎖の過程の中にあるので、改良されることはないだろう。安いので機会があったら、また利用したい。しかし、難波からは早足で20分ほどかかる。劇とのセットで泊まるホテルということだ。
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by qzr02421 | 2008-04-28 18:13 | 旅行
学芸員の資格を取るための講座では、博物館を三館見学して、レポートを書くという課題がある。そのときは、博物館で展示してあるものを紹介するというのではなく、どのように展示してあるかという観点でのみるのだという。一般入館者と学芸員としての立場の両方で博物館をみるということだ。

学芸員の仕事としての「展示」のアイデアに触れて、理解して、体験して、驚くことが基本だという。取り組みの工夫を見つけなくてはいけない。展示の批判をいくらでもできるが・・・批判ではなく、工夫を見つけることが、学芸員の仕事に理解の第一歩となるのだ。

批判は簡単だろう。よいところを見つけるという努力をするということは人間関係でも大切なことだ。恋人同士でも夫婦の関係でも同じだ。結婚するまでは両目で相手を見て、結婚してからは片目で見ろということばがある。含蓄のある言葉だ。

博物館の敷居を低くすることが必要だという。どのような年令の人でも、どのような興味を持っていても楽しむことができる博物館を作り上げることらしい。そのためには展示のアイデアを豊かにすることが大切なこととなるのだ。

博物館の中でも自然系のものはそのような展示の取り組みの工夫がなされている。例としては「旭山動物園」がある。この動物園は動物の生態を来場者に観てもらうという取り組みをして人気となった、双方向性の展示のアイデアだ。

冬の雪の上でのペンギンの行進、もぐもぐタイムという動物の食事を見てもらうなどの工夫がある。琵琶湖の博物館では魚にさわることができるという展示をしている。その展示の工夫で学芸員はどのような効果を狙っているのかを考えることが大切なことだというのだ。

この旭山動物園は2回行ったが、小さい動物園だ、2時間もあれば、ほぼ見ることが出来る。じっくり観るなら、一日あっても足りないかもしれない。観光バスのルートの入っている。このコースでも2時間から2時間半ほどの滞在時間が用意されている。

11月と12月に行ったが、おすすめは12月だ。まだペンギンの行進は始まってはいない。しかしこの時期はすいている。ゆっくりと見ることができた。シロクマ館、ペンギン館、もぐもぐタイムなどもじっくりと見ることができた。
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by qzr02421 | 2008-04-28 11:54 | 奈良大
土日と大阪方面に行ってきた。目的は3つあった。ひとつは奈良大学の学芸員過程のガイダンスに出席するためだ。二つ目はキャラメルボックスの「きみがいた時間ぼくがいた時間」観劇のためだ。三つ目は道頓堀の食い倒れ人形を見るためだ(冗談)。

学芸員のガイダンスの講演会で冒頭から「学芸員資格をとって博物館に就職できるのか?就職は困難だ。針の穴を通るより難しいと言われている。就職はできないかもしれないが、学芸資格に挑戦することには意味がある」ということだ。

学芸員は高度な知識とセンスがいることが了解している。博物館の仕事は「収集」「調査研究」「保管」「展示」という4つの面がある。これを担っているのが学芸員だ。「収集」ででは鋭い鑑定が必要だ。贋作を見分けて、本物を購入しなくてはいけない。

そのような収集をするのは、そうとうお金がある博物館の学芸員だろう。そのようなところの学芸員は資格があるからといってなれるものでもないし、そんな高い能力を持つ学芸員はそんなに多くは存在していないだろう。

普通の学芸員は「雑芸員」と呼ばれ、日々の展示やそのほかの雑務に追われているだろう。しかしそのような学芸員になるのも針に穴と通るより難しいのだ。図書館の司書になるのも難しいが、それ以上だろう。

北村鴻の『狐罠』は、店を持たない骨董商つまり「旗師」をしている「冬狐堂」という屋号の宇佐見陶子を主人公とする作品だ。贋作をつかまされた彼女は、逆に「目利き殺し」を仕掛けようとする。そして話が展開するというものだ。
 
学芸員とはちがう存在だが、文化財(骨董)を扱う眼を試されるということは同じだ。この本はなかなか読み応えがある。一気に読むことができる作品だ。北村鴻の作品をほとんど読んでしまった。次がなかなかでないのが残念だ。
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by qzr02421 | 2008-04-28 11:39 | 奈良大
タイムマシンは人間のあこがれの機械だ。過去へ、そして未来へ行きたいというのは人間の欲望のひとつだ。さまざまなタイムマシンの物語がつくられてきた。人間は未来には行くことはできそうだ。帰ってくることができないだろうが・・・どうやって?

 冷凍技術が進歩すれば、仮死状態することができるかもしれない。冷凍して、そして100年後目覚めれば、そこはもう未来だ。それを描いた映画がある。題名は忘れたが、恋人が交通事故で植物人間になった。そこで、いつか恋人が目覚めるかもしれないと、未来で待つために、冷凍されるという話だ。結末は書かない、恋人の会うことができるのだが・・・

 クロノスジョウンターというタイムマシンがある。梶尾真治原作だ。このタイムマシンは過去に行くことができる。そして未来にもいくことができる。しかし、過去には指定した日時に行くことができる。そこでの滞在時間はわずかな時間しかない。そのあと未来に弾き飛ばされる。そして、未来に時間は指定することができない。

 そのタイムマシンに乗って、過去に行く男がいる。ある人を助けるために!これが劇団キャラメルボックスの「クロノスジョウンターの伝説」だ。その四作目「きみがいた時間ぼくがいた時間」を観た。今度のマシーンはクロノススパイラスというものだ。

 このマシーンは過去にしか行くことができない。そして未来には変えることができない。男がある人を助けるために過去に向かうのだ。主演は上川隆也だ。なかなかの作品だった。キャラメルボックス史上初めての休憩がある。上演時間休憩含め150分だ。見ごたえのある作品だった。
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by qzr02421 | 2008-04-27 19:11 | 劇,映画その他

やわらかい生活

「はるかなる虹へ」という劇を観た。人は何のために生きるのか。自分の為だろう。それが嘘のない生き方だと思う。それを分からせてくれる劇のようだった。仕事をしても、専業主婦でもそれが自分の人生と思うことが出来ればそれで幸せなのだろう。

人は人のために生きるという面と、自分のため生きるという面がある。自分のために生きている人間こそが、人のために生きることが出来るように思う。人のために生きているというのは、何かうそ臭い感じがする。まずは自分のために生きるのが第一ではないだろうか。

自分を愛せない人間は、人を愛すことが出来ないはずだ。自分を大切にするように、人を大切にすべきだと思う。自分が成長すれば、愛する人も一緒に成長するはずだと思う。
  
 また、「やわらかい生活」という映画をみた。躁鬱病の女の人とその周辺の人たちの話だ。心を病んで蒲田に引っ越してから話は始まる。蒲田への引越しの原因を作った痴漢、心を病んだヤクザ、大学時代の友人、いとこなどとのひと時を描いている。とくにいとことの生活が中心のようだ。なにがやわらかいのはよく分からなかった。やわらかい生活を望んでいるのかもしらない。現代は心を病む要素が多いのだろうか。観て嫌な感じする映画ではなかった。しかし楽しくなる映画でもない。「へー」という感じの映画である。
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by qzr02421 | 2008-04-26 06:52 | 劇,映画その他
鴻上尚史の「俳優になりたあなたへ」という本を読んだ。俳優で大切なことは4Wを考えることだという。

俳優にはテレビの仕事、声優の仕事、映画の仕事、さまざまなメディアの仕事(ラジオなど)、舞台の仕事、コマーシャルの仕事がある。全ての俳優に共通するたった一つのことは『作者の言葉を、観客や視聴者に伝える』ことだ。作者の言葉を効果的の伝える為に俳優は役を演じるわけだ。役を演じるということは俳優自信を見せることではなく、作者の言葉をちゃんと伝えることだ。

演技はいつ、どこで、なぜ、だれということを考えてすべきだ。自分とは誰か、自分と他人のセリフの全てから自分に関する情報を書き出すことから始める。ここはどこだ、今はいつなのか、何が起こっているのかということだ。演じるのは動機ではなく、目的だ。

よく出来た台本には自分が今何がしたいのかが書いてある。そして、目的を邪魔するものを見つめる。葛藤を行動に移す。あくまでも基本は台本を理解することだ。台本で、言葉のキャッチボールをしていくことだ。

演じることは自分の一番恥ずかしい部分、隠したい部分をさらけ出すことだ。心を許した相手と二人きりで会話をしている時を観客が見ているということだ。俳優は率先して、深く傷つくことが必要な職業なのだ。        

 台本から感じた一番大切なことがその台本のテーマなのだ。それは無数にある。人のよってちがう。演出家の考えているテーマと一致しないと演技はできない。テーマが変われば言い方は変わる。テーマは全員が一緒に走っていく目標だ。どの言い方がベストだろうかと考えることから演技の第一歩が始まる。

感じたまま演じるのは自分の癖を出しているだけだ。感じたまま演技するといつも同じ演技になってしまう。プロの俳優の74.6パーセントは年収が400万以下ということだ。その平均年齢は48歳だ。60パーセントは300万以下。俳優は失業を前提とした職業なのだ。

俳優になりたい動機がその俳優の水準を決める。いろいろな人のなりたいというのが動機なら、いろいろな人生を演じるわけだ。そのことによって観客を感動させることが出来るというわけだ。
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by qzr02421 | 2008-04-25 14:08 |