本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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カテゴリ:旅行( 163 )

落語は楽しい

大阪は食い倒れといわれる。京都は着倒れ、神戸は履き倒れといわれる。名古屋はなんだろう、八兆味噌、味噌煮込みなどだから名古屋は味噌倒れだろうか。落語は大阪と東京にある。名古屋にも大洲演芸場があり、落語家はいるようだが、本場ではないのだろうか。東京は寄席がいくつかあるのだが、大阪には常設に寄席が長いことなかった。数年前から天満天神に寄席ができたようだ。

難波には大阪府立上方演芸資料館「ワッハ上方」という施設がある。橋下さんが以前に廃止をしようとした施設だ。博物館のような文化的施設の運営は難しいものがある。それほど人が来るわけではないのだが、それでも文化の維持ののためには必要な施設ではあるのだ。来る人が少ないから文化的施設を廃止するといのは、合理的に見えるが、長い目で見れば、文化を破壊する行為としか思えない。無駄なものが文化なのだから、無駄を無駄として楽しむことが大切なことだと思う。

この「ワッハ上方」は難波花月の前にある、ジュンク堂書店がある建物だ。この建物の4階にある。久しぶりに行ってみた。私以外はほとんど人がいない、これでは廃止といわれても仕方がないという感じがする。しかし展示は工夫がありとてもすばらしいと思う。このような文化的施設は、人が訪れないから廃止してよいというものではない、文化というのは人が訪れないかもしれないが、それでも、そういう施設が必要となるようなものなのだ。合理的では文化を語ることはできない。

この「ワッハ上方」の入場料は400円(学生は250円)、映像や音声を楽しめば3時間はあっという間過ぎる施設だ。4階のフロアのみだが。エンタツ・アチャコなどの漫才1分楽しみことができる「ミルクホールスタア」、横山やすき・西川きよしなどの漫才を楽しみことができる「居酒屋こいさん」などがある。じっくり楽しむのなら「演芸ライブラリー」がある。楽しみ気があるのなら、400円で1日楽しみことができるところだと思う。楽しもうという気持ちが大切なのだ。
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by qzr02421 | 2013-02-19 19:17 | 旅行

旅は楽しいものだ

は楽しいものだ、知らない土地に行くのはワクワクするものがある。かつて行ったことがある場所も、もう一度行ってみればまた新しい発見があるものだ。また新しい観光地ができている場合もある。あるいはニューリアルしていここともある。大阪や京都などは何回も行っているので、だいたい分かっているような気がしてしまうが、もう一度行ってみるとまた新しい発見があるものだ。

旅行が趣味だから、日本中旅しているような気がするのだが、もちろん行ったことがない場所あるに決まっている。あるいは一回しか行ったことがないところもある。何回も行ったところもある。その都市には行ったのだが、その都市のその場所には行かなかったということもある。鹿児島に行ったことはあるのだが、鹿児島市に宿泊したことはない。鹿児島に行っても、泊まるのは指宿あたりになってしまう。温泉は魅力があるものだ。

温泉がよいのか都市のビジネスホテルがよいのか、それは旅の目的によるだろう。温泉に泊まりながら、博物館などを見るのがベストだと思う。東北地方はその意味では最高の場所だ。ただし移動が大変だ。観光地や博物館・美術館の場所が離れていることが多い。歩いていくことができる場所のあるのならよいのだが、歩くことができる距離は限界があるのだ。

旅に出て電車の乗るのは容易なことなのだが、バスに乗るのは容易ではない。バスで移動ができることができたら旅の達人ということになる。旅行に行ったとき、電車に乗ることは多いが、バスに乗ることが極めて少ないこととなる。自分が住んでいる地域でもバス移動は難しいのだ。いわんや知らない土地おやということだ。バスを利用した旅ができる達人になりたいものだ。
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by qzr02421 | 2013-02-18 22:07 | 旅行

長野は雪だった

20日から長野へ行っていた。20日の夜の長野は寒いなという感じだったが、21日の朝はマイナス5度くらいだろか、布団の中にいても寒さを感じた。25日に最低気温がマイナス9度らしいので、それよりは暖かかったのだ。長野から名古屋に帰ってきたら、名古屋がとても暖かく感じた。以前北海道のニセコに行ったとき、ニセコスキー場の上のほうはマイナス10度という表示があった。12月からこれほど寒いというのは、久しぶりのことだろうか。

21日は終日曇りで今にも雪が降りそうな一日だった。雪が降らないのでよかったと思いながら、温泉に入りのんびり過ごしした。お酒も飲み、本当にのんびりした12月の暮れを過ごすことできた。夜中にトイレのおきて、トイレの窓から外を見たら、雪だった、3センチほど積もっていた。朝起きて外を見れば見渡す限り雪景色となっていた。10センチ以上積もっている感じだった。土曜日なので通勤の車もなく、静かな午前中だった。

昼前には除雪車が通り、道の雪はなくなったが、駐車場は雪、車も雪に覆われている。駐車場の除雪をしていたら、腕は痛いし汗びっしょりとなった。たった10センチほどの雪で、しかも雪の少ない南信なのにと思った。雪の多い地方の除雪は大変だということが少し分かった。雪はやんで雨になった。そこいらを散歩して、また温泉につかり、雪景色を眺めた。眺めるだけに雪なら、それはそれで風流なものだ。

「香爐峰の雪はどのように見るのか」と問われたのは清少納言だった。清少納言は白居易の『白氏文集』にならって「簾をかかげてみる」ということで、御簾をあげたというのだが、何だが教養を鼻にかけたいやな話だ。それを『枕草子』に書いているというところももっといやな話だ。紫式部の清少納言のことをいやなやつと書いているので、やっぱり教養をひけらかすいやなやつだったのだろう。
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by qzr02421 | 2012-12-25 13:53 | 旅行
本物を見ると目が肥えるということだが、それなら偽もの見ると目が腐るというのだろか。偽ものの絵画を集めた美術館が存在する。しかもそれは陶板でできているのだ。陶板でできているということは色があせないというこでもある。本当の絵画はどんどん色があせていく。仏像も同様だ。すべて本物は劣化するのだ。色鮮やかの仏像も、いまではくすんだ感じとなっている。それは風流とはいうのだが、造られた当時とは違うのだ。

その偽物を集めた美術館とは「大塚美術館」のことだ。徳島県の鳴門市にある。国立公園内にあるため、山を崩して建設したあともう一度山を復元したということだ。ビルを作って山にしたといことだ。不思議な構造をしている。ここに陶板を使った偽物の絵画が展示してあるのだ。本場のイタリアでは入場制限しているようなダヴィンチの最後の晩餐などが、無造作に展示してある。もちろん写真は撮り放題だ。モナリザ、春、ナポレオンの戴冠などが同じ大きさで展示されている。

本物だと長蛇の列となる「真珠の首飾りの少女」の展示は、誰もいなかったので、しっかり写真のとった。原寸大で展示してあるので、これほど大きな絵画だったのかとか結構小さい絵だなという感想を持つことができる。じっと見るとこの陶板絵画は色がとてもきれいだ、しかも劣化しないので明るいところで見ることができるのだ。明るいところで見ることができるので、実際は暗いところの展示してあるはずなので、違和感を感じる。つまり綺麗過ぎるのだ。

実際具体的のどのようなものがるのか列挙してみよう。システィーナ・ホール、スクロヴェーニ礼拝堂、フェルメールの部屋、聖マルタン聖堂壁画、聖ニコラオス・オルファノス聖堂、聖テオドール聖堂、貝殻ヴィーナスの家、鳥占い師の墓、エルグレコの部屋、ポンペイの秘儀の間、モネの大睡蓮、バロック系統展示(レンブラント「夜警」など)、ルネサンス系統展示(ダ・ヴィンチ「モナリザ」「最後の晩餐」・ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」など)、ゴヤの家、バロック系統展示、近代系統展示(ゴッホ「ひまわり」・エドヴァルド・ムンク「叫び」、現代系統展示(パブロ・ピカソ「ゲルニカ」など)など、3時間かかっても、じっくり見ることができなった。また行きたい美術館のひとつだ。
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by qzr02421 | 2012-12-12 21:14 | 旅行

ネット環境が悪かった

昼神温泉はとても良かったのだが、ネットの環境は良くなかった。イーモバイルを使っているのだが、都会ではサクサクとつながるのだが、温泉などはつながらないことが多い。以前、北海道の登別温泉に行ったときもつながりにくかった。つながりにくいというのはつながるということだから、それはそれでよいのだ。伊那でもつながりにくい状態が多い。アンケートなどの回答を何回も繰り返さないといけないこともある。それはそれなりのストレスとなる。

昼神温泉はつながりにくいのではなく、つながらないのだ。つながらないのでネットはあきらめるしかない。つながらないほうがあきらめもつくというものだ。イーモバイルは都会では調子がよいのだが、地方でのつながりが悪いのには困ったものだ。ケイタイがつながるのにどうしてネットがつながらないのか不思議なことだ。

名古屋に帰ってきて、ネット環境もよくなった。ネット環境がよくなったのがブログの書くことが思いつかない。本をよんだりしてはいるのだが、その本の内容を書く気にならないのだ。文章を書くというのは気分なのだから、書きたくないときには書かないのがよいと思う。最近は授業の準備でいろいろ考えてはいるのだが、それを言葉にすることができないのだ。感情を文章化したらその感情はおさまると言う。感情の言語化が重要な課題なのだ。

自分の感情というのを文章にすることができれば落ち着くということなのだ。それができればたいしたものなのだろうが、難しいからこそ感情の文章化という言葉があるのだろう。イライラしたら一度、そのイライラを文章にしてみたはどうだろうか。ウソだと思っても、試してみる価値はあると思う。
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by qzr02421 | 2012-04-10 20:32 | 旅行

温泉はよいものだ

昼神温泉に行った。いろいろと宿が多くなった。以前は昼神グランドホテルに泊まったり、昼神の森に泊まったりしたが、同じ宿に泊まるのは風情がないので、今回は伊那華、いなかと読む宿に宿泊することにした。じゃらんで予約したのだが、岩盤浴付きというプランだ。もちろん夕食、朝食付きだ。

爆弾低気圧が通過する日に出立したため、雨が激しいのでどこも見物しないで伊那華に到着した。1時チェックインなので、それは良かった。妻は岩盤浴を楽しんだ。私は温泉を楽しんだ。昼神温泉はアルカリ性ということで、ぬるぬるしている。美人になれそうな湯だ。伊那華は女性が楽しめる湯となっているようだ。男性は女性が使っているところは次の朝しか楽しむことできない。

次の朝、女性が楽しんだ湯に入ったのだが、露天風呂が充実しているのだ。男性の湯は露天風呂がひとつしかないのに、女性の湯は4つもあるのだ。これは差別だ。この伊那華は夕食のバイキングが有名なのだそうだ。それが目当てで予約をしたのだが、期待はずれではなかった。それぞれ美味しい料理が並んでいた。

今回は蟹祭りプランだったようで、蟹を食べている人が多かった。それが目当で来たのだろう。私はそれほど蟹が好きというわけではないので、蟹以外のものを食べた。天婦羅や寿司、サラダなど美味だった。私たちの隣のカップルは蟹三昧だった。蟹が好きな人だったら最高の夕食だろう。寿司も美味しかった。次の日の朝食の結構美味しかった。もう一度行きたいと思う宿だった。
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by qzr02421 | 2012-04-09 20:10 | 旅行

新島襄記念館に行った

「キンシ正宗堀野記念館」を北に上がるとそこは京都御所だ。御所のぶつかったあと東に行き、御所沿いに北に上ると、そこには新島旧邸宅がある。新島とは新島襄のことだ。新島旧邸宅とは同志社の創立者である新島襄とその妻八重の私邸のことだ。調度と家具類を含めて京都から有形文化財に指定されている。この旧邸宅は公開日が限られているので、無料なのだが見ることができないことが多い。

1、2、8、12月以外の月の水、土、日に開館している。土日は開館しているのだから、容易に見ることができるような気がするのだが、8月は開館していないから見ることができないということもある。旧邸宅といっても、最初は同志社栄学校として使われていたので、学校らしい雰囲気もある。学校はのちに旧薩摩藩邸に移ることになり、新島襄は自宅としたのだ。

外観がコロニアル様式なのだが、壁は真壁作りであり、和洋折衷といいながら、和を重視しているような感じを受ける。実際に見学するとわかるのが、セントラルヒーティングとなっている。床も少し高くなっている。これは夏は涼しく冬は暖かくという工夫ということなのだ。入るとすぐに応接間がある、土間がないのが特徴となっている。

全ては洋風というのではなく、窓の上の障子欄間、部屋の間仕切りのふすま、箱階段などもある、洋風と和風が混在している。トイレは見ることができないのだが、パンフのよると洋式なのだそうだ。明治初期の洋式トイレというのはすごいと思う。台所は普通は土間なのだが、床板をいっぱいに張り、その上に流しを置いている、しかも井戸も室内にあるのだ。現在の台所と同じというもとで、新島襄の妻八重に対する愛情を感じる。気持ちがよい台所をつくるのは妻への愛情なのだと思う。
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by qzr02421 | 2012-03-09 19:39 | 旅行

利き酒はよいものだ

京都の小さいミュージアム、マンガミュージアムから歩いて10分ほどのところにあるのが「キンシ正宗堀野記念館」だ。京都の酒といえば伏見だが、御所の南のところにあるのがキンシ正宗だ。かつてはここの造り酒屋があったのだ。もちろん明治に入ると御所の住人がいなくなることもある、酒の中心は伏見に移っていくが、この地に屋敷と酒造りお道具類を置いていったのだ。

京町屋としても見る価値がある。切子格子、むしこ窓など町屋らしさをよくあらわしている。座敷に入ると、これといって価値が高いとも思えないたたずまいなのだが、よくみると使われている木材が高そうなのだ。木目がしっかりした板を使っている。一見するとどうということがないのだが、実が高価なものを使っているのが京の金持ちのあり方のようだ。

窓ガラスも機械で作ったものではない、貴重なガラスを使っている。機械で作っていないので、ガラス越しの景色がゆがんで見える。現在ではもう作られないようなガラスだ。このようなガラスは京町屋に行くとよく出会う。二階の上がるとさらに上級の客を通した部屋がある。ここも使われている材が高価なのだそうだ。高価といわれるのでそうかなと思うくらいで、実際のところはよく分からない。

キンシ正宗は天明元年創業、西暦にすると1781年にあたる。酒造りに一番大切なものはおいしい水なのだが、この地からは今でも名水「桃の井」が湧き出ている。この「桃の井」は同じく京の名水である「染めの井」と同じ水脈なのだそうだ。今でも毎時3トンの水量で、夏は冷たく冬は暖かい水が湧き出ている。実際飲んでみが、どことなく甘く暖かかった。美味しい酒が出来る予感がする水だった。見学の最後にはお酒の味見もできる。ここではビールも造っているようで、ビールの試飲もできるのがまたよいものだ。
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by qzr02421 | 2012-03-08 20:20 | 旅行

マンガもよいものだ

京都にはユニークなミュージアムがたくさんある。2006年に開館した「京都国際マンガミュージアム」もそのひとつだ。図書館機能と博物館機能の両方を持っている。実際行ってみると漫画喫茶の巨大版といった感じもするのだが、1950年代からの漫画がそろっているのは博物館という感じもする。入館料が800円というのは高いのか安いのか。漫画好きには安く、漫画に関心がない人には高いと感じられるだろう。

所蔵するマンガ資料は30万点、「りぼん」などの雑誌が飾られている。これらの雑誌は見るだけで、読むことができない。棚の上の方の飾られている姿は壮観だ。実際読むことが出来る漫画は5万冊ということだった。この建物は小学校の校舎を改修しているので、広い部屋一杯に開架式の書棚にマンガが並んでいるのも壮観だった。椅子が用意されていて、そこでマンガを持ち出して読むというシステムだ。元小学校だから、当然校庭もある、芝生になっていて、ここで寝転んでマンガを読んでもよいようだった。

場所は地下鉄烏丸御池から北へ1分ほどのところだ。11時開館で17時閉館だ。800円の入館料を払うとこの建物で入り自由となる。お昼を食べに外出することも可能だ。館内にレストランもあるのでそこで食べてもよいのだが、私は近くで牛丼を食べた。近くの素敵なレストランで食事を楽しみ、一日マンガを読むというのも悪くないと思う。

二階に上がってマンガをながめていたら懐かしいマンガを見つけた。『赤胴鈴之助』だ。思わず手にとって読みふけってしまった。次には『少年ジェッター』を読んだ。あっという間の一時間、二時間が過ぎていく。下の階では『プレイボール』を読んだ。『キャプテン』は見あたらかった。5万冊あるので、懐かしいものから最近のものまであるのだろう。11時に行ったときにはそれほど人がいなかったが、3時前に行ったら座る椅子を探すのが大変なほどの人だった。日本人のマンガ好きがよく分かった。マンガが好きなら、ぜひ京都に行ったときには寄るとよいと思う。
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by qzr02421 | 2012-03-07 15:55 | 旅行
毎年3月は東大寺二月堂のお水取りを見ることにしている。今年は3月2日に行くことにした、あいにくの雨だった。東大寺に向かうときとは雨が降っていたが、二月堂に着くころには雨が止んだ、ラッキーなことだ。この日はずいぶん暖かい夜だった。あちらこちらから「今日は暖かいね」「いつもは足元から寒さがしみてくるのに」などという声が聞こえてくる。

昨年も同じ時期に来たのだが、昨年は寒かった記憶がある。毛糸の帽子を深くかぶって見学した。今年は毛糸の帽子が邪魔になるくらいだ。今年は寒い冬だったが、ようやく春めいてきたのだろう。昨年も雨模様だったのか、記憶にないが、人手が少なく、二月堂に上がってお松明を本堂から見たことを思い出した。それはそれで良い思い出だが、今年は下から見学することにした。到着が遅くなり6時45分頃着いた。雨のせいか、今日も人手が多くはないようだ。二月堂の下まで行くことができた。

群集の中であまり前の人の接近したくないので、前を少しばからあけていたら、そこに年配の夫婦が割り込んできた。急に視界が悪くなった。年配の男の人はどういう性格なのか、どんどん前の人の接近していくのだ。前の人は振り向いて嫌な顔をしても気にする様子もなかった。奥さんらしき人は、その様子を見て、又かという表情をしている。不思議な光景だった。

夜7時から30分ほどのお松明だ。毎年見ているので、だんだん感動が薄れてようだ。初めて見たときの感動がなくなっている自分を発見して、少し驚いた。
初めて見る人は、お松明があらわれるたびに「わ~」という声をあげている。うらやましい気がした。感動がなくなるのは悲しいことだと思った。
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by qzr02421 | 2012-03-06 15:59 | 旅行