本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
カレンダー

2009年 03月 24日 ( 1 )

縄文人はのんべい?

最古の神社は弥生時代というニュースがだいぶ前にあった。以前は最古の神社は古墳時代初期と考えられていた。鳥取県の長瀬高浜遺跡の遺構のことだ。どうして神社と判断しているのかというと、柱が等間隔で並んでいるからだが、これも状況証拠だ。切り妻・棟持柱の建築らしいと神殿ということになる。神明造りということだ。現在は弥生時代の遺跡で確認できるので、神社は弥生時代からということになるのだ。この説を補強するのが銅鐸の絵だ。

戦争の起源は弥生時代という説があったが、これも縄文時代からという説が登場した。しかしまだ物証がとぼしいらしい。最も弥生の戦争という説も登場したのは昭和初期だから、やがては縄文の戦争も明らかになるかもしれない。弥生の戦争を始めて主張したのは直良信夫さんで、遺跡として証明したのが、香川県の紫雲寺遺跡で石鏃が大きくなり、狩猟用から戦闘用になったと考えられている。

縄文人は毛皮を着ていたといわれていたが、今では平織りの着物を着ていたと考えられている。縄文時代は貧しい時代という説があったが、これらも「三内丸山遺跡」の発見で、そのようなことはないと考えられるようになった。縄文人を原始人と呼ばないというのがいまどきなのだ。また縄文人はのんべいだったとも言われるようになった。

縄文時代に都市があったという説もある。もっとも都市を定義しないといけないのだが。人口がある一定以上いるというなら池上曽根遺跡は人口が1000人ほどと言われているので、都市だろう。それでも都市らしいものは弥生時代の吉野ヶ里という人もいる。
[PR]
by qzr02421 | 2009-03-24 10:27 | 歴史