本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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卑弥呼や邪馬台国という言葉には魔力がある

邪馬台国の候補地らしい奈良県桜井市の纒向遺跡で、3世紀前半の建物跡などが発掘されたというニュースがあった。3棟が東西に整然と並んでいるらしく、方位が重要らしい。卑弥呼が活躍した時期とほぼ一致しているので、邪馬台国畿内説をとなえている人たちがよろこんでいることだろう。

このような考古学上の発掘が新聞に大きなスペースでのるようになったのは「高松塚発見」以来のことだ。それまでは地元紙にのるくらいだったのだ。極彩色の壁画の存在がアピールしたのだろう。高松塚と同じように話題になったのが「吉野ヶ里遺跡」の発見だった。開発があると土地が掘り起こされるので、そこで遺跡が見つかるということがほとんどだ。

見つかった遺跡は調査され、埋め戻され、開発が続行されるというのが普通のことだ。結局遺跡は破壊されるのだ。吉野ヶ里が発掘をまぬがれ、公園として残ることになったのは「卑弥呼」「邪馬台国」と騒がれたからだといわれている。それくらい卑弥呼や邪馬台国という言葉には魔力があるのだ。

それ以外の魔力がある言葉としては「最古級」がある。この言葉があると、新聞の見出しが大きくなる。古いモノが見つかってそれが何?とは思うが、重要なコトという響きがあるようだ。現在ある風習が見つかるというのもニュースになりやすい。吉野ヶ里で地鎮祭というニュースもあった。銅戈が水平なった状態で発掘されたので、これは地鎮祭だろうということになったのだが、状況証拠でしかない。文献では日本書紀の持統天皇5年詰まる691年に「新益京を鎮め祭らしむ」とあるので、これで最古の地鎮祭となっているようだ。
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by qzr02421 | 2009-03-23 08:19 | 歴史