人気ブログランキング | 話題のタグを見る

本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

いま風にいうとメタボ王という感じだ

 名前というものに注目してヨーロッパ史を見よう。ゲルマン人には名前しかなかったらしい。苗字は必要なかったのだろう。しかも、同じ名前をつけることがあるので区別する必要があった。そこで、渾名(あだな)つけた。獅子心王、大帝、欠地王、肥満王などである。これは王家のこと、庶民には関係のない話だ。

このあだ名は、本人は使わなかったのかのだろうか。肥満王などと自分で言うのには抵抗があるだろう。。いま風にいうとメタボ王という感じだ。負のイメージをつけるには抵抗があるだろう。答えはたくさんある、あだ名の中から残ったものだった。大帝など良いものは本人も好んで使用したようだ。具体例はカール大帝だ。(シャルルマーニュ大帝だ)

11世紀以降あだ名から、城の名をつけるようになるらしい。封建制の確立で自意識が確立していくことと関係があるようだ。デ、フォン、がつくものだ。フォンカラヤンとかドゴールなどが現代残っているという。ドイツではフォン、フランスではデである。イギリスではオブというものから始まる名前がなぜないのかという。

ノルマン征服から百年戦争までのイギリスの時は、フランス勢力による支配によりイギリスはフランス語が主流ということであった。そのために英語のなかにフランス語の名残があるいう。

 この他名前を区別する方法として、父の名前を後ろにつける例がある。村の名前をつける例もある。しかし、同じ名前をつけるのはなぜだろう。家族関係が原因だそうだが・・・現代の欧米でも父の名を子が受け継ぐ例は存在しているところを見れば、現代に至る風習のようだ。
by qzr02421 | 2008-04-02 14:02 | 歴史