本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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小堀遠州展、名古屋は芸どころか、『名物」とは

 「小堀遠州 美との出会い展」に行ってきた。歴史的には事は知っているつもりだが、じっくり見ても、良さが分からない。「名物」といってもそうなのという感じだった。年配の女性は、「この渋みがいいわね」、「この色の出具合がねえ」とか話しあっていた。年配の男性は、連れの女性に「お茶は一期一会なんだ、茶の席の主人が利休だと思える瞬間がある」と話していた。

 そんなものなのだと、人の話を聞くでもなく、聞いていた。それでもよく分からない。「名物ねえ」、とつぶやいてみた。隣の人がそのつぶやきで私の方を怪訝な顔で見た。すこし大きい声で、「名物だ」と言ったら、あっちへ行ってしまった。変な人に思われたらしい。 

 美術館などは一回ざっと見て(展示の最初の方は混んでいることが多い、真ん中以降はすいていることが多い)、それから図録を読んで(もちろん坐って、美術館で見ると結構疲れるものだ)、もう一回最初から、最初の印象と、図録での印象と、今現在の印象を感じるようにしている。そうすると何か見えてくるものがあることがある。そうしてもう一回図録を見て(2000円以上することが多いが、買わない、買ってもまず見ない。会場で見るのはただ。)印象を確かめ、最後に気に入ったもだけを見るというのが習慣だ。

 今回も同じようにしたが、やはり分からない。どうもお茶とその道具には縁がないようだ。『へうげもの』という漫画がある。小堀遠州の師匠?である古田織部を主人公にした話だ。この本にも「名物」が出てくる。戦国時代が終わろうとした時代、土地ではなく、茶道具に命をかける武将を描いている。名物を目当てに戦争をする、そんな思いで、茶道具を見ていたら、何か血なまぐさく感じてしまった。ちょっと変だろうか。

 利休の「さび」、織部の「歪み」そして遠州の「シャープさ」と案内板に書かれていた。「シャープね」とまたつぶやいた。今度は人がいなかったので、何もなかった。そういえば「書」も多く展示してあった。遠州の交友関係の広さを感じた。その手書きを表装して掛け軸にしてある。よいものなのだろう。また遠州の筆などがあった。高そうと感じたしまった。「金持ちなのね、当時の農民はどんな暮らしをしていたのか」と、茶道具とは関係のないことを考えてしまった。
 
 名古屋は芸どころと言われているが、この展示に来る日とは招待券と当日購入する人とどちらが多いか、椅子に坐って観察した。こういうことが好きだ。どっちが多いと思いますか。東京などでは購入組みが多いように思う。名古屋の松阪屋では招待券(もしくは前売り券、見ていてもどちらかは区別がつかない。)が多かった。ただのものをみるという芸どころなのだと思った。
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by qzr02421 | 2008-03-12 17:12 | 劇,映画その他