本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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18世紀以前には清潔という概念はないのだ

ヨーロッパの人はお風呂の入らないのでオーデコロンが必要という説がある。ヨーロッパの人がお風呂の入らなくなったのはペストの流行以降ということだから14世紀以後のことだろう。ペストの流行によってヨーロッパの人口の三分の一が減少したといわれている。それまではお風呂の入っていたのだ。古代ローマではお風呂が大切な社交場だったのだ。それはテルマロマイで明からだ。

しかし何のためにお風呂の入ったのだろうか。現代人は衛生、清潔ということのためにお風呂の入るのだ。しかし衛生という概念は病気は細菌で発祥するということが分かった19世紀末以降の減少だ。古代から中世前半の人は衛生・清潔のためのお風呂に入ったわけではないのだ。古代から中世半の清潔という概念は外から見ることができるところを見苦しくないようのするというのが基本だったそうだ。だから顔を手をきれいにするのが清潔だったのだ。

ペストと梅毒の流行によってお風呂の入ることがなくなったという。お風呂の入ると皮膚の穴が開いて、そこから悪いものが入っていくると信じたのだ。細菌とかウイルスという概念は存在しなのだが、それらしいものを想定していたのだろうか。何は皮膚から入って病気になると考えていたのだ。昔の人の直感というものは鋭いものがある。それでもその鋭さがその時代の人すべてに及ばないのが問題なのだろう。

古代から中世前半の人がお風呂に入った理由は男女の関係にあったらしい。シャワートイレにはビデというスイッチがあるのだが、それがその時代の風習のなごりということだ。あそこだけ清潔にすればよいという考えのようだ。幕末にヨーロッパに行ったサムライが、このビデというものに関心を持ったようだ。何に使用するのか分からなかったようだが、やがて隣の音を盗み聞きした結果分かったという。あそこをきれいにしてそれで・・・というわけなのだ。このような話は奥が深いものなのだ。
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by qzr02421 | 2013-02-14 20:03 | 歴史