本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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哲学と科学は何がちがうのか

科学と哲学は何がちがうのか。科学は測定可能なものが対象となるものだ。速さ、長さ、重さは測定可能なので、それは科学となる。それに対して愛は測定できるだろうか。あなたの愛は何センチとは聞かないものだ、つま愛とか善とか正義は測定ができない。つまりこの測定できないものが哲学なのだ。測定できないものを考える意味はあるのだろうか。きっと意味はないのだろう。しかし考えたいと思った人々が歴史上の多く存在するのだ、それを人は哲学者と呼ぶのだ。

測定可能にするためには、その対象を単純化することが必要となる。条件を減らしていくということだ。また合理的に考えることも必要となる。合理的とは結果があれば必ず原因があるという考えだが、この考えを維持するためには偶然を排除することが必要となる。偶然を嫌うのが近代科学の特徴だ。中世では偶然は神と意志とされた。それはそういう考えが成立するのだ。

哲学とは言葉の問題であり、生き方の問題だ。そこには信じるということが基本となっていう。プラトンの「イデア論」を信じ、デカルトの「われ思う故にわれあり」信じ、カントの「もの自体」を信じることが哲学の始まりだ。これらは知識ではないのだ。これらは世界観を現していること理解することが必要となる。信じるという意味では哲学と宗教は隣り合わせに存在しているといったてもよいのだ。

カントは形而上学、つまり「もの自体」を人は知ることはできないといった。それは形而上学を否定したということでもある。ニーチェはこれを「神が死んだ」という言葉であらわしたのだ。ベルクソンはさらに意識と脳の関係を研究して、意識は脳には存在しないということをあきらかにした。意識はあるのだが、それは存在していないということなのだが、この考えは実に分かりにくい考えだ。仏教の「空」と同じようなものだ。色即是空ということなのだろう。
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by qzr02421 | 2012-12-18 19:09 | 日常