本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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日本、日本人とはどのような存在なのか

漱石は日本の作家と言えるのかという問がある。漱石は漢文と英語が堪能だったという。もちろん日本語で小説は書いているのだが、中国語で、つまり漢文で詩を書き、英語で文章を書いていたのだ。明治時代はまだ日本という国が成立したばかりだった。その当時の人々の日本人意識はどのようなものだったのだろうか。それにしても漱石は日本人の作家ということには間違いがなさそうだ。現代において、アメリカ人や韓国人が日本語で小説を書いたら、その人は日本人作家といえるのかという問題がある。

また、世界と日本の関係も問題となる。世界の中に日本が入っていないのだ。世界文学全集の中には日本人作家は登場しないのだ。日本人は世界の中で変わった存在であるということをアピールしたいのだろうか。日本と世界とはどっちが偉いのかという問も存在する。日本人の意識の中に、日本の方が偉いし、世界は日本とは違って異質な存在だという認識があるのかもしれない。日本文学全集に外国文学が入っていないのは当然のことなのだろうか。日本と世界を分けることにどれだけの意味があるのかといういことでもある。

日本に暮していると日本独特の文化を理解することが難しくなる。日本独特の状況として、講演や映画や演劇の開始時間以外に終了時間を気にするということがあるということだ。「これはいつ終わるのですか」という問いを日本人はもっているということだ。講演・映画・演劇の終了時間を気にするのは日本人だけだということだ。小説を読んでいるときに、その小説の終わり時間を気にすることはないはずだ。楽しい時間ならもっと続いて欲しいと思うのが普通だろう。それにも関わらず、物事の終わりの時間を気にするということはどういうことなのだろうか。

日本とは何だろうか、日本はいつできたのかという疑問がある。江戸時代の人は日本人感覚を持っていたのか。江戸幕府は日本政府と言ってよいのか。国民国家というものが成立したのが近代なのだ。前近代に日本という概念を当てはめることはできないはずだ。日本人の性格といいながら、鎌倉時代を例にしたら、やはりおかしいことなのだろうか。日本文化は明治以降成立したとすれば、天平文化や国風文化というのはどのような性格を持つのだ。日本という問題は奥が深い問題だということなのだろう。
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by qzr02421 | 2012-03-17 20:32 | 日常