本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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可もなく不可もなくだ

モラルハザードという単語がある、モラルは道徳、ハザードは障害だから、普通に訳せば道徳の障害となるのだが、道徳の欠如と訳すことが多い。バイオハザードという言葉もある。遺伝子組み換え食品などの危険性を示す言葉のようだ。モラルハザードを道徳の欠如と訳すことに違和感がある。道徳の障害がどうして欠如になるのか。道徳がある、つまり倫理的な生き方をしていると、それが障害となるのは変ではないのか。

モラルハザードという単語はもともとは保険業界で使われた単語ということだ。保険に入ると、入った安心感ではめをはずした生活をすることが危険性となるという意味だそうだ。つまり道徳的な生活、あるいは倫理的な生活をしようすると、そこに安心感がうまれて、その安心感が危機を生む可能性があるということらしい。道徳があると危険があるということだ。つまり道徳が欠如するのではなく道徳の過剰が問題だということだ。

学問の基本は疑問を持つことだ。定説といわれていることが、どうして定説ということができるのかと疑うことが学問の第一歩ということだ。モラルハザードをどうして倫理(道徳)の欠如と訳すのかという素朴な疑問を追及することが学問の扉を開けることのなるということなのだ。疑問を持つということは簡単なようで難しいことなのだ。人間は普通の生活では疑問を持つと生活しにくいので、なんとなく生きているのが普通のことだ。

なんとなく生きていると安心した生活ができるということは素晴らしいことだ。総理大臣は一年おきに変わってもそれほどの変化がないということはすごいことなのだ。それだけ社会が安定しているということなのだ。リーダーシップのある指導者が必要という評論家がテレビで発言しているのだが、未曾有に危機では誰が指導してもたいした効果があるわけではないと思う。明治以降、そういうような社会を作ったのが日本なのだ。可もなく不可もなくという生き方は日本人にあっていると思うのだが・・・
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by qzr02421 | 2011-09-07 21:43 | 日常