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本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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人間のできることは限界があるのだろう

総合学園ヒューマンアカデミーの劇「僕の町、君の町」を見た。劇というのは若い人がするものだと印象を持った。かつては北青年の家というのがあった。その跡地にできたのはユースクエアーという建物だ。青年しか利用できないとう施設だそうだ。この劇はこのユースクエアーで9月2日台風接近の夜に上演された。上演協力券500円だった。

劇は二幕で構成され、前半と後半では役者が変わる、役者が多いということだ。劇はシムシティーを連想されるものだ。前半は恋に破れた青年が荒野に自由を求め、この青年は自由という言葉がすきなのだ、この青年の友達は自由などというものは何でも自分で決めなくてはいけないといめんどくさいものだと見破っている。この失恋青年が町を作るのだ。空想の町なのか現実の町なのか、ともかく町を作ると住民が住み始めるのだ。住民が住むと、学校が必要、コンビニが必要となる。究極は電気が必要となるのだ。一番安価な電気をつくるものは原子力発電といわれ、市長が躊躇するところで前半は終了する。

後半はその町の百年後と舞台とする。町が大きくなり、その町の怪獣が現われるのだ。その怪獣を倒すためにうさんくさい戦士が集められる。その戦士が頼りないのだ。この時代の市長も頼りないのだ。電気は百年前に原子力発電は選択されない、それはもし原子力発電であったら、怪獣に踏まれて放射線が・・・というセリフがあった。福島の原発事故の影響がこの劇にも現われているようだ。五レンジャー、この劇ではオジャマンガーだっただろうか、武器もなしで怪獣と戦うのだ。戦っても勝ち目はない、ここの名古屋から助っ人のレンジャーが現われるのだが、このレンジャーも頼りないのだ。

結局人間の力では怪獣をやっつけることができないのだ。人間のできることには限界がある、限界を超えたことは解決することができないということ言いたいのだろうか。ともかく劇の結末は新しい怪獣が現われて、悲劇的な結末、別に血がながれるわけではないのだが、町の人々がしるこサンドに変えられていくというようなわけの分からない終わり方をしたのだが、それが現代の不透明さをあらわしているということでもあるのだろう。
by qzr02421 | 2011-09-03 22:44 | 劇,映画その他