本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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分かり合うには何が必要か

人間が分かり合う上で言葉はどれくらい重要性をもっているのだろうか。言葉が通じるためには感性や思考の共通基盤がなければならないだろう。言葉だけでは理解し合えないということだし、言葉がなければ意思疎通ができないということも事実だろう。共通の文化があり、その上の言葉で分かり合うということだ。

長く連れ添った夫婦は会話がなくてもわかりあうことができるという。これは長い共同生活の中で感性や思考の共通な地盤が形成されているということだ。結婚したばかりの夫婦が、言葉で意思疎通しようとしても、上手くいかないのは、まだ共通の基盤が形成されていないということでもある。

相手を理解しようとするときには、相手の言葉の背景にある感性や思考や文化を理解しようとしないと、理解はできないだろうし、理解は深まらないだろう。言葉で言うは簡単だが、これは容易なことではない。人と人が心が通じないとしたら、それは言葉の違いよりは文化の違いと言ってもよいと思う。

日本文化の中にない現象は日本語にはならないだろう。学生時代はやった「アイデンティティ」という言葉は「自己同一性」と訳してみても、その現実が日本文化にはないので、理解はできないはずだ。アイデンティティとは「お前は誰だ」ということ対する答えということだが、日本人は「お前は誰だ」と問われることはない文化を持っている。身分はいつも証明されているのが世間というものなのだ。プライバシーというものも日本文化の中にはない現象だ。個人が確立しないとプライバシーは存在しないのだから、個人が未成立な日本にプライバシーにあたる日本語がないのも当然のことだ。
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by qzr02421 | 2011-08-23 12:56 | 日常