本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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ブレるのはいけないことなのか

言葉の統一性ということがある。文章を書いているときに、「書いている時」とすべきか「書いているとき」にすべきか迷うことがある。どのように言うのかという言葉も、「いうのか」あるいは「言うのか」どちらがよいのかも迷うのだ。同一文章の場合には、どちらかに決めるということになっているが、文章の勢いで変わることもあるのだ。困ったものだ。

これを統一した方がよいという意見もあるが、文章の勢いなのだから気にする必要はないという意見もある。書いている側としてはどちらでもよいのだが、読む人の中で、校正などをしている人がきになるのだろう。字の間違いに神経質になる人が多い。文章の内容がないので、せめて誤字脱字はなしにしようということだろうが、そのようなことが気にならないし、文章の内容もない雑文の場合はどうしたらよいのだろか。

誤字脱字が気になるのは何故だろうか。文章は内容が分かれば、文章の中の見字も間違いくらい多めに見てくれてもよいとおもう。内容はともかく、誤字脱字を探す人というのは、権威主義的な人ということだろうか。このブログも誤字脱字だらけだ。書いている私自身はぜんぜん気にならないのだが、できれば気にしたほうがよいのだろうが、なかなかそこまでできないのが現状だ。

奈良大学の学芸員講座のレポートを書こうと思うのだが、誤字脱字が気になって書けない。以前レポート書いたのだが、内容もよくなかったのだろうが、誤字脱字が多いということで不可となった。内容も気取って書いたのがいけなかったのだろうか。あれ以来、レポートを書く意欲がなくなったのも事実だ。おおらかな気持ちでレポートは評価して欲しいものだ。内容がよくない言い訳かもしれないのだが・・・
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by qzr02421 | 2011-07-21 16:35 | 日常