本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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どうして間違えたのだろうか?

井上ひさし原作の「マンザナ、わが町」の音響をしているのだが、痛恨のミスをしてしまった。劇の中の音響というのはいろいろ種類があると思う。オープニング、幕間の音楽そしてエンディングというような、あると場が引き締まるというような音がまずある。これはなくても劇としては成立するのだが、あったほうが劇が盛り上がるのだ。

マンザナというのはアメリカにあるので、広大な感じがする曲がよいというイメージで、曲を選曲した。それはそれでよいのだ。もう一つは効果音という種類もものだ。カミナリの音、せみの音、雨の音、恐怖の音、こっけいな音などだ。これはこれで舞台を盛り上げるのに役立つのだ。

このような音響は、入れ方や終わりのタイミングはあるが、間違えても、遅かったねとか早いねということすむ可能性もある。気分的のここでは入れたくないから入れないというもともあるし、ここでこの音は終わらせたくないということもある。感性が問われる部分でもある。役者がセリフを飛ばせば、入るはずの音も入れることができないこともあるし、音を終了させることができないこともある。

今回はもう一つの音、劇の中でレコードをかけるという音があった。役者がレコードプレイヤーを操作して、それに対応して音を入れ、消すということだ。当然曲があるのだ。その曲を間違えてしまったのだ。朧月夜を出すはずがなんと幸せの星という曲を出したのだ。役者は朧月夜を歌いたいのに、違う音が流れるのだ。演技としてレコードを入れ替え、朧月夜にしようとするのだが、このようなミスのときには、曲の間違いの気がつかないのだ。一瞬の気の緩みなのだが、取り返しがつかないミスなのだ。

役者が「私は朧月夜が歌いたいのだ」と叫んでも、こういう時には気がつかないのだ。照明さんに曲が違うといわれた初めて気がついたのだ。こういう経験は初めて、これを最後にしたいと思った。タイミングが違うのは感性の問題があるので申し開きができるが、このミスは痛恨のミスだった。悪魔に魅入られたとしか思えないミスだった。ずいぶん落ち込んだ。どうして間違えたのが、今でも理由は分からない。一瞬の気の緩みだったのだろうが、許されないミスだったのだ。
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by qzr02421 | 2011-07-11 22:03 | 日常