本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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世の中の問題には正解はない

大学は入ることが重要で、出ることはあまり重要視されない。東大中退といわれると、東大に合格することが出来た能力があると評価されるのだ。東大を卒業できなかったことは不問なのだ。不思議なことだ。50歳過ぎても、どこの大学ですかと聞かれるのだ。
大学を卒業してからの30年間は評価されないのが現実なのだ。大学で授業、卒業してからの30年は無駄な人生ということだ。

大学中退ということは高卒ということなのだが、東大中退は高卒でありながら、社会ではある一定の評価をもらうことができる。このような評価を社会が与えるのなら、カンニングをしてでも東大や京大に入学したい思う受験生がいても当然だろう。カンニングをして入学したら、大学生活を楽しむことができないし、成績も悪いとコメンテーターが言っていたが、東大・京大に入学したことが評価されるのだから、そのようなことは関係はないのだ。

ところで、テストとつくるとき思うことがある。知っていたら解答が書けるが、知らなかったら書けないという問題の意味があるのだろうかということだ。知識を問うのはクイズと同じだ。記憶力があれば成績がよくなることが当然だ。しかし、記憶力がよい生徒だけを評価してよいのだろうか。人間の能力は記憶力だけではない。想像力、構成力、対応能力などをもっと評価できないものだろうか。

テストの問題は正解があるが、世の中の問題には正解があるのかないのか分からないことが普通だ。未知の問題に取り組み、必要なら書物やネットを利用して、限られた時間である程度の成果をあげることが出来る能力を持つ人間を育てることこそが、いま求められているような気がする。このような問題を解くときにはカンニングなどは存在しない。あるとすれば知的作業の窃盗とういうものだろう。著作権侵害といってもよいのだ。未知の問題に果敢にチャレンジする人間がいまこそ必要と言うことだ。
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by qzr02421 | 2011-03-25 22:41 | 日常