本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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カンニング事件はどうなるのか

受験のシーズンだ。京都大学で携帯電話?を使用したカンニングの発覚報道が報道されている。カンニングは不正な行為で恥ずべき行為だが、テストとは気っても切れない関係にある。高校でカンニングをして発覚すれば、発覚しないことを多いかもしれないが、ともかく見つかると全科目零点という場合と、カンニングして科目のみ零点という場合とがある。いずれにしても家庭謹慎という罰が与えられるだけだ。

全科目零点で家庭謹慎という罰ということが分かっていてもカンニングはなくならないのだ。相撲の八百長と似ていて、誰にも迷惑をかけていないという意識があり、よい成績が欲しいという切羽詰まったものもあるのだろう。誰にも迷惑をかけていないといのは、順位が絡むのでそう簡単に結論が出るわけではない。カンニングして合格すれば、そのかわりに一人不合格の生徒がいるということでもある。

しかし、リビアでの惨劇・内乱やニュージーランドでの地震での被害などのニュースにくらべれば、ニュースバライティーショー出取り上げるには絶好なネタなのだろう。人が死ぬというようなニュースではないので、面白おかしく取り上げることができるのだ。どのようにカンニングをしたのか不明だが、これだけのことが出来る能力なら、就職しても大丈夫な仕事ができるような気がする。

カンニングというのは中国の隋・唐の時代から始まった科挙でもあった。7世紀からある人類普遍の不正行為なのだ。科挙は個室で受験するし、論述試験で、しかも論語などの儒教の経典を根拠に述べるものだ。論語などをびっしり書いた下着が有名だ。見つかると死刑ということだから、必死でカンニングだが、科挙に合格すれば、裕福な生活が待っているのだ。天国と地獄、それがカンニングの道ということだ。
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by qzr02421 | 2011-03-01 16:58 | 日常