本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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運やコネが大事か?

競争というものについて学生時代は違和感がなかった。成績や運動で競争するには当然のことと思っていた。競争して勝者になることもあれば、敗者になることもあった。それは時に運と努力の結果だと思い、これといって気にもしなかった。今度は勝ったとか、負けたということに過ぎないことだった。大人になって、自分自身と競争することはあるが、他人と競争するということはなくなった。自分と競争するというのも、それはそれでつらいものという経験はした。

ところで、最近の生徒は競争が嫌いだそうだ。嫌いかどうか分からないが、学校で競争をさせることが少なくなった。クラス対抗のソフトボールやバレーはあるが、これはクラス単位の競争で、個人は前面ででない。競争するためには、競争するステージが公平である必要がある。スタートが同じだという共通の意識が必要だ。スタートが同じでない競争は、それは競争ではないし、競争が嫌いになるのは当然のことだろう。

東大生の親は収入が多い家庭が多いというニュースがあった。所得と成績に相関関係があるとすれば、努力をする意欲がなくなるのは当然だろう。18歳から25歳までの間に不況を経験すると、「人間の成功は努力より運による、政府による再分配を支持する」ようになると『競争と公平感』に書いてあった。さらにこの本には、「運やコネが大事」と答えた人が、1990年、1995年にはそれぞれ、25%、20%だったのが、2005年には40%になったそうだ。

人類の歴史は支配者の競争の歴史だが、庶民はとくに競争したわけではないだろう。明治時代に入り、学問をすれば、出世が出来るという風潮になり、日本人は猛烈な競争人間になったのかもしれない。普通の庶民が競争して支配者になりあがろうとしたのだ。そのような世の中が崩れ、中流の下、下流の上か、中でよいと思う人が増えたのだろうか。下の下にならなければよいという消極的な生き方が主流となっているような気がする。歴史的にいえば、先祖がえりしたということだろう。それが悪いことがどうかはよく分から
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by qzr02421 | 2010-09-12 20:41 | 日常