本を、旅を、世の中をどのように見るのか


by qzr02421
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自死という生き方

自分で自分の死の時期を決めるということがある。つまり自殺だ。自殺というと、その決意する原因として、うつ病、借金、詰め腹などが考えられる。つまり自殺に原因があった、しかたなく死を選らばざるをえなかったということだ。しかし、人生は順調、お金はある、家族と幸せに暮らしているという状況で、自分の死を自分で選んだ人がいる。

自死という生き方』(双葉社)を著した須原秀一さんだ。哲学者、社会思想研究家である、自分の哲学的事業として自死を遂げた人だ。享年65歳だった。この本は、死を決意し、そしてどのような心境で自死を遂げようとするのかを理論的に解説した本だ。同じようの人生が順調な状況で死を選んだ人物として、三島由紀夫、伊丹十三、そしてソクラテスをあげ、彼らがなぜ死んだのかを分析している。

人はいつかは死ぬということは分かっている。分かっているが、死にたくないと思っているも事実だ。死を受け入れるということは難しいことなのだ。実際死を決意しても、病院で家族に囲まれたら、家族のことを考えたら自殺をすることは困難だ。死ぬことが分かっていても、苦しい治療を受けなければならない。あるいは、自殺をする力も残っていないかもしれない。

須原さんは、老後、そのような苦しい状況で死ぬのは嫌だと考えた。一番幸せなときに自分で死を選ぶのだと決めたのだ。そしてそれを友人にうちあけ、この本を著し、自死を遂げたのだ。本の最後に家族からというページがある。死を選んだ父について「父らしい、と思ったのは、以前から母に「死ぬ時は潔く死ぬ」といった内容の事を話していたのを私も聞いていたからです。そのせいか、どこかで心の準備が出来ていたのだと思います・・・私たち家族が出した結論は「父にもう会えないのは寂しいけれど、悲しむことではない」ということです。人生を満喫し、自らの意思で時期を選び、清清しく死んでいった人に対して、悲しむ必要はあるのでしょうか」と書いている。そういう生き方もあるのかという感想を持った。死を平然と語る人は、実は死について何にも考えてない人かもしれない。
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by qzr02421 | 2010-09-05 18:49 |